第325話 荒療治
ジェイスの陣から、光線が発射された。それは眩しいほどの光の帯であり、真っ直ぐにヴェルドに向かって放たれる。
「クッ。こんな単調なもの……」
訝しげな『ヴェルド』は炎を手のひらから発して光を追い返そうかと考えたが、ぶつかるまであと少しというところで、光が進行方向を突然変えた。カクッと曲がった光は、何度も方角を変え、ヴェルドを撹乱した。
徐々に光は形を変え、竜の頭部を持つ。白く輝くその咆え声が空気を震わせたかと思うと、竜は一直線に目を見張るヴェルドの頭上から彼を貫いた。
「う……あああぁぁぁぁっ!?」
身が焼かれるように痛い。『ヴェルド』は驚きと困惑と怒りを身に宿し、咆哮する。全ての元凶たるジェイスは冷たい表情のまま、成り行きを見守っている。
「ジェ……ジェイスさん、これは?」
思わず唯文に抱き付いたユキが、ジェイスとヴェルドを交互に見て呟く。その声は、突然の出来事に驚いていた。
「……」
唯文もまた、目を見開いて天を貫く光の柱を見守っている。その手はユキの肩に触れ、彼が倒れないよう支えていた。
「……あれは、ヴェルド自身を焼いている訳じゃない。一種の賭け、かな」
「賭け?」
唯文が尋ねると、ジェイスは少しだけ表情を緩める。目の前では、変わらず『ヴェルド』が苦しみの声を上げている。
「あれは、わたしの力の一つ。『
「滅茶苦茶な荒療治……」
呆れを含んだユキの言葉に、ジェイスは苦笑を禁じ得ない。成功する保証など何処にもないのだから。
「それでも、やらないといけないと思った。アルシナさんがあれ以上悲しむ姿は、見たくなかったからね。……おっと」
光が唐突に消え、外傷の何もないヴェルドが倒れこむ。その息も絶え絶えな身体を支えてやり、ジェイスは男の耳元で囁いた。
「あなたはこれから、少しの間眠ることになるでしょう。……次に目覚めた時、どちらの人格が先行するのか。是非、アルシナさんたちを悲しませないことを望んでいます」
「このっ……バケモンがっ」
ガクッ。『ヴェルド』の体が
「バケモン、ね。鳥人はわたししか残っていないから、そう思われても仕方ないかな。──さて」
完全に脱力しきった男の体を担ぎ上げ、ジェイスは後ろを振り返った。その木の影にいた人物に、不器用に笑いかける。
「戻ってきてしまいましたか、アルシナさん」
「当たり前じゃない! 途中で強制送還されて、私が喜ぶとでも思ったわけ?」
涙を懸命に我慢して、アルシナがジェイスをなじる。その腕や足に擦り傷や泥がついていることから、彼女がどれ程急いでここに戻ってきたかがわかる。
美しい髪には落ち葉がついている。ジェイスはそれに手を伸ばそうとして、ヴェルドを担いでいることに思い当たった。
「アルシナさん、髪に葉っぱがついてますよ」
「え? 何処?」
アルシナの手が、見当違いの場所へと伸びる。そっちじゃありません、じゃあどっち? そんな不毛な会話を繰り返していると、後ろで盛大な溜め息が聞こえた。しかも、二人分。
「唯文、ユキ……」
「ジェイスさんが、こんなに鈍いとは思いませんでしたね」
「本当だよ! その人は木にでももたれさせとけばいいでしょ? どうせ起きないんだし」
「え? あ、ああ」
何故呆れられ、何故怒られるのかわからないまま、ジェイスは二人の言う通りにヴェルドを木にもたれさせた。
それから改めて、アルシナの髪に触れる。翡翠色のそれは、荒廃した中でも輝きを失わない。彼女の髪に絡まった落ち葉を外し、ジェイスはそれを放った。
落ち葉は風に乗り、何処かへと運ばれていく。
「ありがとう。……里のことも、義父さんのことも」
アルシナが伏し目がちになって、小さな声で礼を言う。ジェイスはそれを聞きながら、首を横に振った。
「ヴェルドさんを救えた、とは言いがたいですよ。彼は短くとも数ヶ月、もしかしたら何年も眠ったままかもしれません。それでも、これ以上彼が愛したであろう隠れ里を荒らすことは、彼の望むことではないと」
「だからこそ、よ。義父さんは、あなたの言う通り里とそこに住む人々が大好きだった。彼も安心したんじゃないかしら。もう、傷付けることはないのだから」
アルシナの瞳に、怒りはない。清々しささえ感じられる目だ。
彼女はユキと唯文にも礼を言い、次いでジェイスの腕を引いた。
「行くんでしょう? あなたの弟分たちを助けに」
「その前に、ヴェルドさんをニーザさんのもとへ届けないと。きっと、心配しておられるでしょうから」
再びヴェルドを担ぎ、ジェイスは隠れ里を振り返る。燃える太陽のごとき火の玉は失われたが、災害の傷跡はあまりにも大きい。
それを指摘すると、アルシナは強く微笑んだ。
「政府が介入してこなければ、私たち元の住人が力を合わせて復興させるわよ。これまでだって歴史的に見れば、何度も敵に襲われてきた里ですもの。───まずは、弟を助け出さないとね」
「……わたしたちも、出来ることはしよう」
「ありがとう」
ジェイスの言葉に、アルシナは微笑んだ。もう、義父を失いたくないと泣き叫ぶ女の姿はない。あるのは目的へと突き進む、強く儚い一人の女性の姿だった。
───ドクッ
「……?」
ジェイスは自分の胸に手をあて、首を傾げた。竜化国にやって来る少し前から、時折感じていたこの感覚が何なのか、残念ながらジェイスにはわからない。
しかし、その理由を追及する時は残されない。隠れ里を後にしかけた四人の前に、政府軍とおぼしき人の一団が迫っていたのである。
ユキは手に魔力をため、唯文は魔刀を構えた。そしてジェイスは、アルシナとヴェルドを守りつつ、真っ直ぐに先を見据えるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます