第323話 崩れる守り

 まるで機械音のような声色は、ジェイスたちに里から去るよう促した。しかし促されたからといって、はいそうですか、とはならない。

 ジェイスは再び矢をつがえ、それを三本に増やした。

「悪いけど、こちらも去るわけにはいかないんですよ」

 呟きながら、矢を放つ。三本はそれぞれ宙を舞い、火の玉へと直撃する。

 ドッという音がして、コロナに邪魔されなかった一本が玉に刺さったことが判明する。

 ジェイスはすぐさま、唯文とユキを呼んだ。

「唯文、ユキ! あの矢を目掛けて攻撃してくれ!」

 ジェイスが指を鳴らすと、いつもは無色透明な矢に蒼い色が付いた。これで、目印として狙いやすくなる。

「了解!」

「はい!」

 ユキは何本もの氷の槍を創り出し、投擲した。唯文は、ジェイスが創り出した透明な階段を駆け上がる。

 更にジェイスが、十以上のナイフを宙に円上に並べ、高速で順に蒼い矢に向かって飛ばす。ユキと唯文の邪魔をしようとする火の竜を、ことごとく打ち落としていく。

 アルシナは戦う力を持たないため、ただ見守り祈ることしか出来ない。力を持たないことを、この時ほど疎ましく思ったことはない。

 長い髪が、熱風に舞い上がった。

(ヴェルド、義父さん。……お願い、目を覚まして!)

 ───ピシッ

 何度かの火の竜の襲撃を退けた頃、新たな音が響く。一点に集中させたお蔭か、割れ目が大きくなっていた。

 それを待っていたのは、階段を使い火の玉の上にたどり着いていた唯文だ。

 燃え盛る炎の中に、わずかな割れ目。かすかな突破口。

 唯文は魔刀を掴む指に力を入れた。チリチリと焦げそうな熱を感じて、足がすくみそうになる。ごくり、と唾を飲み込んだ。

(大丈夫。おれは銀の華、唯文だ)

「用意は良いかい、唯文」

「勿論です。ジェイスさん」

 熱風を足元から感じつつ、唯文は確かに頷いた。

 アルシナは言った。刃は炎に溶かされてしまうため、届かないと。しかしそれは、という条件が付かないか。それがジェイスの疑問だった。疑問というよりも、期待だ。

 魔力を帯びた魔刀ならばどうだと、ジェイスは唯文の戦いを注視していた。するとやはり、刃が溶けたり削れたりしている様子はない。

 魔刀は、その身を魔力という殻で守られているようなものだ。

 魔力と共に刃をねじ込めば、あるいは。ジェイスが唯文とユキにこの方針を話したのは、つい数分前のことである。

「わたしが援護する。……思い切り行け」

「はいっ」

 とんっ。唯文が板を蹴って空中へと飛び出す。その瞬間、ユキの氷が唯文の足を保護した。絶対零度の靴裏が、火の竜を踏み越える。

 唯文が魔刀を振りかざすと、背後から火の竜が三頭、かしらをもたげた。

 刀を食い割るつもりか。そう判断したジェイスのナイフが竜の首を落とす。悲鳴もなく燃え消えた竜の身体は、再び頭を生成して唯文に襲いかかった。

「消えろーーー!」

 ユキが放った渾身の吹雪が、なんと火の竜を凍らせる。氷の闘気とも呼ぶべきオーラが立ち上ぼり、ユキの青空のような瞳が輝く。

「……雪風牙せっぷうが

 ───バキンッ

 火の竜が折れ、落下する。地面にぶつかり、飛散した。

「助かった、ユキ」

 唯文が無事に火の玉の上に着地すると、靴の下からシュウシュウと鎮火していく音がする。ユキの氷の魔力が、火を上回っているのだ。

「……っ!」

 唯文は魔刀を掲げ、一気に振り下ろす。

 傷口に入った切っ先を、押し込む。刃が中へと進むごとに、パキッパキッと硬い表皮が崩れていく。

 一度刃を引き抜き、唯文は数歩後退した。少し、足元が危うくなってきたように感じたのだ。間違いなく、もろくなっている。

 相変わらず、頭上では火の竜が舞っている。何度も唯文に襲いかかろうと口を開いているが、その度にジェイスとユキに邪魔されているのだ。

「……よし」

 唯文は更に数歩下がり、これ以上進めば落ちるという地点まで来た。

 トッ。唯文は再び跳躍し、火の玉の上を離れた。そして落ちる力を利用して、真っ直ぐに玉を両断する斬擊を放った。

「───ざんッ。ああぁぁぁぉぉぉぉっ」

 熱風に巻かれながらも、唯文は魔刀を掴む手の力を抜かず、叫びと共に力一杯で両断した。

 ───ダンッ

 唯文が着地し、直後に爆発が起こる。声なき唸り声を上げ、火の竜が崩壊した。

 空中分解する火の玉。これで、ヴェルドを助け出せる。そう、誰もが確信した時だ。

 再び、あの声が響いた。

「サレ、サレ。……サラネバ」

「……去らねば?」

 アルシナが問い返す。すると同時に、崩壊していた火の玉の残骸が集まり始める。それらは高速で回転し、何かを形作っていく。

 四人が唖然と見守る中、もう一度声がした。アルシナが会いたいと願い続ける、大切な家族の消えそうな声だ。

「サラネバ……コロシテシマウ」

「───義父さッ」

 ゴオッと火力が増し、温度が急激に上昇する。アルシナの声は熱風にさらわれた。

 汗が噴き出すが、体温が下げられない。目には入りそうな汗を拭い、ユキはもう一度を見上げた。

「……あの人が、ヴェルドさん?」

 真っ赤に燃える炎を身にまとい、翡翠色の短髪と瞳が異様に輝く。更に、火の玉の残骸が男の周りを衛星の如く回っている。

 ぐるぐると回っていた残骸はやがて、男の背に集まり翼の形を成した。鋭利で火傷さえも伴わせる、危険な翼だ。

 ユキの問いに、アルシナは窮した。

「そう……なはずなんだけど」

 アルシナが知るヴェルドと、髪も瞳も、姿形も同じだ。しかしまとう空気が違う、表情が違う、力の大きさが違う。

 困惑するアルシナに、男は嘆きを含んだ笑みを向けた。

「アルシナ、わしを忘れたか」

 大好きだったはずのヴェルドの言葉に、アルシナは激しく頭を左右に振って涙声で叫ぶ。

「忘れるはずなんてない。……なのに、どうして? 義父さん、どうしてよ!?」

 ヴェルドの創り出した炎の弓矢の先が、全て四人に向いていた。

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