第318話 仮の隠れ里

 アルシナを先頭に、リンたちは森の中を進んでいた。

 周りにあるのは種類は違えど同じ樹木であり、今自分たちが何処に向かって歩いているのかわからなくなる。方向感覚が狂ってくるのだ。

「アルシナさん、あとどれくらい?」

「あと……三十分というところかしら」

 傍を歩くユキに尋ねられて応えたアルシナは、ふと立ち止まる。ユキが不思議に思って声をかけようとした。

「アルシナさ……」

「皆さんを案内するのは、仮の里です。本当の隠れ里は、今や見る影もないでしょう。……わずかに残った同胞たちに会ってほしいのです」

 アルシナはリンたちを振り返り、早口に言った。確かに最初に彼女から聞いた話では、本来の隠れ里には政府の攻撃がなされ、壊滅状態ということだった。

 でも、と晶穂が胸の前で両手を握り締める。

「里には、誰かが一人で戦っているのでしょう? 助けに行かなくて良いんですか?」

「……彼は、もう誰にも止められはしませんから。それに、何とでもして身を守っているはずです」

 それだけ言うと、アルシナはどんどんと森の奥へと進んでいく。リンと晶穂は彼女の様子に首を傾げながらも、仲間たちと共に彼女を追った。


 森へ深く入るごとに、獣の気配が消えていく。鳥の声も消え、聞こえるのは己の足が落ち葉や土を踏み締める音のみ。

 幾つかの谷と川、洞窟を抜けた先にそれはある。

 木々に巧妙に隠されたその場所は、外からは想像も出来ないほどの広さを持っていた。幾つもの住居が太い木の上に造られ、地面にも小さな小屋のようなものが点在する。

 数人の人々がいた。服装はリンたちとそれほど変わらないし、見た目も同じようだ。晶穂の違和感を刺激するものもなく、髪が長い女性で数人は髪を結び、耳をさらけ出している。

「アルシナ……?」

 井戸端会議をしていた女性たちの一人が、アルシナに気付いて目を見張る。居心地が悪いのか、アルシナは困ったような笑みを浮かべた。

「お久し振りです。里長さとおさはおられますか?」

「ええ、いつものように邸に。……よかったわ、あなたが無事で」

「待って?! ……アルシナ、その人たちは誰?」

 ほっとした様子の女性の傍にいた人が、リンたちを見付けて怯えた声を出した。

 リンが前に出ようとした矢先、アルシナが彼を制した。

「彼らは、私たちの味方になってくれる人たち。私は彼らと共に、里を取り戻すの」

「……アルシナ、あなたは」

 毅然とした態度のアルシナに対し、その場にいた女性たちも遠目に見ていた男性たちもそれぞれに頷いた。彼らは、アルシナの拳が震えていたことに気付いていただろうか。

「さあ、行きましょう。里長のもとへ」

 里長の邸は、仮里の更に奥にあった。蔦や蔓が重なり合い、少し不気味な雰囲気を作り出している。

「里長、アルシナです」

「……アルシナ?」

 しわがれた女の声がした。再びアルシナが「そうです」と肯定すると、ゆっくりとドアが開く。

 そこにいたのは、小柄な老女だった。見事な白髪を結い上げ、頭にお団子を作っている。

 彼女はアルシナの頭から爪先まで見回し、ほっと息をつく。

「お帰り。帰ってくるとは思わなんだ」

「ただいま帰りました。ですが」

「再び出るのだろう? 本来の隠れ里を取り戻すために」

 老女はリンたちの存在に気付くと、手招きした。

「あなた方もこちらへおいで。知りたいことがあるでしょうから」

「ありがとうございます、里長」

 里長とアルシナについて行くと、そこは広間だった。大きなソファーが四つ、向かい合わせに置かれている。その真ん中にはテーブルがあった。

 客人をもてなすためにとお茶を人数分用意し、老女はアルシナに支えられてソファーに座った。リンたちにも座るよう促す。

 老女はニーザと名乗った。リンたちもそれぞれに名乗り、ようやく一心地つく。

「ニーザさん、俺たちはアルシナさんに掟によって許された範囲の話は聞きました。しかし、それ以上は里に行ってからだと言われています。ニーザさんに教えて頂くことは出来ますか?」

 リンはそう問い、反応を見た。するとニーザは目を細め、隣に座っているアルシナの頭を撫でた。既に成人しているであろうアルシナだが、老女にされるがままとなっている。

「そうかい。そんな少ない情報だけで、この子を信じて来てくれたのか。……アルシナ、よい人たちと出逢えたね」

「はい、里長」

 素直に頷くアルシナから手を離し、ニーザはリンたちに向き直る。ずずずと茶を喉に流し込んだ。

「では、隠れ里についてはよく知らないと見た。少し長くなるかもしれないが、出来るだけ手短に話そう。……この里は、古来、竜人を育む里だったのだよ」

 ニーザは語った。

 絵本にもなっている『りゅうのたからもの』は、真実であると。それが竜人の起こりなのだ。

 人知を超えた力を持つ竜人は人と協力関係を築き、国を創建した。それが、竜化国である。

「互いに助け合っていたが、それも長く続けば傷が生じる。大き過ぎる神通力を持つ竜人はやがて、人々から恐れ以上に蔑まれるようになったのさ」

 竜人と人との間の溝は深まり、竜人はわずかな味方となる人々と共に森の奥深くに隠れ里を造った。それが、アルシナやニーザの故郷である。

「だが、数年前から政権に目を付けられた。わしらは隠れ里から一部の者たちを移動させ、この仮の里を造って住んでいた。……しかし」

 ニーザの眉間に深いしわが刻まれる。

「政府はわしらが竜人は絶滅したという嘘を流したとして、竜人を寄こせと迫ってきたんだ。勿論、など言えるはずもない。わしらは『竜人などとうの昔に血をつながなくなったんだ』と抵抗した。それでも先方は諦めず、ついにこのアルシナの弟を人質に取り、更には本来の隠れ里に軍を派遣した」

「隠れ里の方にいた私はどうにか逃げ延び……あなたたちに出会って、今ここにいるの」

 アルシナは「黙っていてごめんなさい」と頭を下げた。

「政府から、隠れ里を取り戻したい。そして、弟を……ジェングを取り戻したいんです。力を貸してください!」

 叫びのような嘆願は、沈黙を連れて来た。アルシナはリンたちが自分に呆れて出て行くのではないかと恐れていた。おずおずと頭を上げると、肩に温かな手が置かれる。

 手の主は、晶穂だった。晶穂はアルシナの後ろにまわり、彼女の肩を支えたのだ。

「辛いのに、話して下さってありがとうございます。そんなに不安がらなくても、わたしたちはいなくなったりしませんよ?」

「その通りです。共に、里と弟さんを取り戻しましょう」

 リンの言葉に、全員が頷く。アルシナの目に、透明な涙が溢れた。ありがとう、とかすれた声が言う。

「あなた方を信頼し、最後の秘密をお教えしておきましょうか」

 若者たちを見守っていたニーザはそのにこやかな笑みのまま、もう一つの事実を教えてくれた。

「竜人はね、その血を絶やしてはいないのですよ」

 政府が勘付くとは思っていませんでしたがね。一行の驚いた顔を見て、ニーザはふふっと微笑んだ。

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