第319話 アルシナの誠

 ニーザの言葉に、ユーギとユキが目を輝かせた。

「竜人っているの!?」

「会いたいです!」

 ユーギのしっぽが激しく振られ、ユキは身を乗り出した。彼らの豹変に、ニーザとアルシナの方が驚いてしまう。

 ジェイスと克臣がそれぞれに少年たちを捕まえなければ、ニーザはきらきらとした少年たちの瞳に圧倒されていたかもしれない。

 目を白黒させるニーザに、克臣が軽く頭を下げた。

「すみません、ニーザさん。こいつら、最近竜人について知って、自分たちでも調べていたんですよ。だから、本当にいると知って興奮して」

「ユキ、ユーギ。驚かせてはいけないだろう?」

 ジェイスに諭され、二人は素直に謝った。

「驚かせてごめんなさい」

「ごめんなさい。でも、嬉しかったんです」

「……あなたたちの知的好奇心に免じましょう。それに、煽ったのはわしですからね」

 ニーザはふふっと笑い、呆れた顔をしたアルシナの方を見る。そして、少しだけ声色を変えた。

「アルシナ。ここからは、命がけの戦いとなりましょう。その前に、あなたの誠意を示すべきではないかい?」

「誠意? 見せているわ。これ以上どうしろと……もしかして」

 ぱっと、アルシナの両手が耳のある部分へと向かう。太い髪の束で隠し、後ろめたそうに目をそらした。

「全く、この子は」

 ニーザは嘆息し、見守っていたリンたちに向き直った。居住まいを正し、軽く微笑んだ。

「アルシナは少し放っておきましょう。それよりも、わしらが見守り育ててきた竜人について話しておこうかね」

「「教えてください!!」」

「……お前らな」

「仕方ないよ、唯文兄。二人とも楽しそうだし」

 ユキとユーギの前のめりぶりに、唯文が頭を抱える。それに同情しつつ、春直は三人の様子を楽しそうに見ている。それだけでも、四人の関係性が透けて見えるようだ。

 ニーザは流石に二度目は驚かず、余裕のある表情で話し始めた。

「竜人は現存する。その証拠がアルシナだよ」

「え……」

「へ?」

 ぽかんとして、ユキとユーギがアルシナを見つめる。アルシナは一気に外堀を埋められ、観念したらしい。

「仲間となる人たちに、隠すべきではないわね」

 独白し、アルシナは両頬の横に指を滑り込ませた。そして、髪を両耳にかける。その瞬間、リンたちの前に常人とは違う形の耳が現れた。

「長くて」

「尖ってる」

「……わたしが船で見たのは、やっぱり見間違いじゃなかったんだ」

 晶穂が船の中で見たのは、正しく竜人の証拠であった。

 アルシナは恥ずかしそうに目をさ迷わせ、次いで目を閉じた。彼女の足下に円が描かれる。そこに見たこともない文字が何重にも描かれ、文字が浮き出す。

 文字は連なってアルシナの長い髪に触れ、弾けて消える。その度に、焦げ茶色の髪が翡翠色に変わっていく。

「……」

 その神秘的な光景を、晶穂を始めとした仲間たちが見守った。

「綺麗」

 一言、晶穂の口からこぼれ出た。

「これが、竜人である私の本来の姿よ」

 すっかり髪を翡翠色に変え、アルシナが笑う。ニーザは満足そうに頷いた。

「姿は残れど、奴らが欲する力は失われたわ。大昔は天変地異を起こすほどの力を持っていたと聞くけれど、今残っている三人の竜人誰一人として、そんな現象は起こせない」

「三人?」

 リンが尋ねると、アルシナは頷いて指を折った。

「私、囚われの身の弟ジュング。そして──」

 ───ドンッ

「うわっ」

 床が揺れ、皆何処かに掴まってやり過ごす。その爆音は続け様に襲い来て、棚の上の花瓶が落下して割れた。

「何事だ」

 震動が収まったのを見計らい、素早く立ち上がったリンが窓際に立つ。すると森の向こうで、黒い煙が上がっていた。

 リンの傍に恐る恐るやって来た晶穂も、それを見て口元を手のひらで覆った。

「火事? ……きゃっ」

「晶穂っ」

 再び起こった震動で、晶穂がバランスを崩す。床に倒れる間際でリンが手を引いて抱き留めたが、正体不明の揺れが何度も襲いかかってきた。

 きゅっと目をつぶり、晶穂はリンの胸にしがみつく。自分と晶穂を支えるために柱を掴んだリンが周りを確認すれば、ジェイスや春直たちもそれぞれ机の下やクッションを被って身を守っていた。

「……止んだ」

 数分間続いた揺れが収まり、ユーギを抱き締めていたジェイスが安堵の息をつく。ユキと唯文は机の下、春直はクッションを被って克臣と共にいた。

 ニーザを抱きかかえるようにして身をこわばらせていたアルシナは、煙の方角を向いて悔しげに言う。

「里長、今のは」

「……ええ。ヴェルドがまだ戦っているのでしょう」

 ニーザはアルシナに頷き返すと、リンたちに再び座るよう促した。不安げな視線を交わした彼らが席に着くと、ニーザは目を机に落として話し始めた。

「先程のは、地震でも火事でもないの。……言うなれば、人災の類いでしてね」

「人災? こんな広範囲に地震が起こるのがですか? ……兵器の実験でもしているのか、この国は」

「克臣さん、そうではないの。いえ、そうも言いきれないのだけど」

 はっきりしない物言いをして、ニーザは首を横に振った。何かを振り切るように。

「あれは、竜人の生き残りの一人が起こした人災。アルシナでもジュングでもない、ヴェルドという男が力を発動させた結果」

「でも、竜人はもう力を失っているって……」

 ユキの震え声に答えたのは、アルシナだった。

「そう。私とジュングは、生まれてこのかた神通力を発したことはないの。だけど、義父とうさんは違う。極限状態におちいった時、古来の神通力を暴走させてしまうのよ」

 アルシナとジュングの義父とは、ヴェルドという竜人の末裔の男だという。姉弟と血の繋がりはないが、親子のように世話を焼いてきたのだとか。

 アルシナは既に薄くなった煙に目を向け、眉をひそめた。

「義父さんは今、極限状態で隠れ里に居続けている」

 夕焼けに照らされた木々が、風に揺れた。

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