第315話 異国の里

 ジェイスは女性の手当てを晶穂に任せ、ジェイスと唯文はリンと克臣と共に食堂に集まっていた。二人から経緯を聞き、リンはうーんと呻って腕を組む。

「あの女性、何者なんですかね?」

「こちらに対しても警戒心があるようだから、名前までは聞けていないんだ。ただ私たちは名乗ったから、敵意のないことはわかってもらえていると思うけど」

「何にせよ、あの人が話してくれないと何ともな。……美味いな、サロ」

 克臣が美味しそうにサロを二ついっぺんに口に入れた。

 四人の前には、綺麗に洗って皿に山のように盛りつけられたサロがある。それをつまみながら、晶穂と女性を待っているのだ。

「お待たせしました」

 晶穂が女性を伴って食堂に現れたのは、リンたちがサロを食べ始めて五分ほど経ってからだった。自分の隣に女性を座らせ、晶穂は「もう大丈夫です」と微笑む。

「深い傷はありませんでしたよ。擦り傷があったのと、手首は湿布を貼っています。……あ、温かい紅茶貰ってきますね」

 晶穂が席を立った時、丁度ユキたち年少組もやって来た。

「唯文にい、サロがあるって聞いたけど本当?」

「耳が早いな、ユーギ。たくさんあるから好きなだけ食べろよ」

 山の五分の一は既にないが、唯文は器を三人の前に移動させた。目を輝かせ、ユーギとユキ、春直が一つずつ頬張る。

 甘い中にも酸っぱさが混じるサロの実は、口の中で潰れて果汁を充満させる。酸っぱい味の苦手な春直が若干顔をしかめたが、ユキとユーギはぱくぱくと口に放り込んでいく。そして、口々に賞賛した。

「唯文兄のお祖父さん、凄いね!」

「こんなにおいしいサロ、初めて食べたよ」

「ぼ、ぼくも酸っぱいサロは苦手だけど、これなら幾つも食べられる。お礼言っといて、唯文兄」

 にこにこと褒めそやす弟分たちに笑いかけ、唯文は「言っとく」と約束した。

「お待たせしました」

 晶穂がほかほかと湯気の立つカップを一つ、女性の前に置く。女性は当惑しながらも、その温かさにほっと表情を緩ませる。

「……ありがとう。えっと」

「晶穂、です」

「あきほ、ありがとう」

「どういたしまして」

 柔らかく微笑んだ晶穂に促され、女性は紅茶を一口飲む。そして目を見張った。

「……おいしい」

「よかった。これ、あのサロも入ってるんです。この時期だけの特別な紅茶です」

 サロの山を見て、女性は微笑んだ。少し、緊張がほぐれてきたらしい。リンはサロを幾つか皿に取り分け、彼女の前に置いた。

「腹が減っては何も出来ません。よかったら、食べてみて下さい。美味しいですよ」

「……ありがとう」

 ヘタを掴み、女性はオレンジの実を一口で食べた。その甘酸っぱさが広がり、嬉しそうな顔をする。

 そしてサロ入りの紅茶を飲み干し、女性は一息つく。

「助けて頂き、ありがとうございました。こんなに温かいもてなしを受けるなんて、国を出た時は思いも寄りませんでした」

 深々と頭を下げ、女性はようやく名乗りを上げた。

「私の名は、アルシナ。竜化国りゅうげこくから、逃げてきたんです」

「逃げてきた? どういうことです」

 晶穂の眉が八の字になる。皆の視線が自分に集中していることに困惑しながらも、アルシナと名乗った女性は思いを吐き出すように言い切った。握り締めた両手は震えて、泣き出しそうな声だ。

「命を狙われて。……お願いします。私の里を助けては頂けませんか!?」

「まずは、深呼吸を。それから、あなたのことを一つでも多く教えて下さい。あなたの、その故郷のことも」

 全てはそれからです。リンの冷たいとも思える声色が、アルシナを冷静にさせる。彼女は大きく息を吸い込み、吐き出した。

「取り乱して、申し訳ありません。……全てをここでお話することは出来ません。これは、里の掟。私が話せる範囲で、全てをお話します」

「ゆっくりでいいですから」

「ありがとう、晶穂」

 背中をさすられ、アルシナは晶穂に微笑む。それからもう一度深呼吸をして、思い出すように語り始めた。


 私の故郷は、竜化国にあります。

 竜化国はご存知ですか? ソディールの東側の島国です。長く、外との関係を絶ってきました。私も最近まで外のことなど何一つ知りませんでした。

 私の里は、現地では隠れ里と言われています。国の成り立ちに関わる人々の里でしたが、その血は……絶えて久しいと言います。

 数日前のことです。里に、突然国の軍が押し寄せてきました。こちらの言葉に耳を傾けることなく、一方的に焼き払ったのです。

 男も女も大人も子どもも関係なく、ただ殺されました。抵抗する者もいましたが、ことごとく返り討ちに合いました。

 私は、ある人のお蔭で逃げおおせたのです。その人は、今もきっと独りで戦い続けています。

 どうして戦えているのか、そうお聞きになりたそうですね。ですが……これを話すことは出来ません。最初にお話した、掟のためです。もし、私の願いを聞いて頂けるのなら、あちらに渡ってからお話します。

 私は船の荷に紛れ、この地へとやって来ました。誰か、里を共に助けてくれる人を探すために。そして、私の弟を国から取り戻すために。


 アルシナの言葉は、不明瞭な点が多い。何故国に狙われたのか、一人残った人の戦い方とは。

 しかし彼女の言葉には嘘がない。純粋に、故郷を救うために命からがらやって来たのだ。

 リンは「ふっ」と息を吐き出した。アルシナ以外の目が全て、自分に向いているという自覚がある。ジェイスと克臣は既に答えをわかっているのか、笑っている。ユキたち年少組は、何処かはらはらとしているようだ。そして晶穂は、アルシナの震える手に自分の手を重ねている。

「……俺たちは、自警団です。助けを求めている人を救うのが、何よりもこの銀の華の存在意義です」

 リンは真っ直ぐにアルシナの瞳を見て、言い切った。

「アルシナさん、俺たちと行きましょう。あなたの里で待っている人を救うために」

「流石リン、言うと思ったぜ」

「わたしたちのやるべきことだね」

 克臣とジェイスの言葉に、年少組が肯定の意を示す。晶穂はアルシナの背をさすり、小さな声で「よかったですね」と呟いた。

「……ありがとう」

 充血した目を細め、アルシナは微笑んだ。

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