第314話 助けた女性は

 大小様々な木の葉の間をかいくぐり、枝や蔓を退けながら進む。ざわざわと植物に邪魔をされながら、擦り傷を負いながら、ジェイスと唯文は道なき道を進み続ける。

「……なさいよっ……い……だから!」

「うっ……まれ、この……!」

 二人の向かうその先で、誰かが言い争っている。その二人の他にも殺気立った気配が幾つもあり、多勢に無勢の趣がある。

 ジェイスは唯文と共に草陰に隠れ、そっと様子を窺った。

 草むらの向こう側で、一組の男女が争っている。焦げ茶色の腰まである髪を持つ女性が、男に無理矢理連れ去られようとして抗っているのだ。

「私は、こんなところで立ち止まっている暇などないのよ! 離しなさいったら」

「それはそれは大変だな。だが、ここはオレらの縄張りだ。バカな一般人が立ち入っていい場所じゃねぇんだよ」

「ひひっ。それにお前、なかなか美人だし体つきもイイ。おれたちの腹を満たしてくれよぉ」

「気持ち悪い! 寄らないで!」

 男たちの下品な態度に晒され、女性は身をすくませた。

「くっくっ。か弱い悲鳴を上げてもだ―――ってえっ!」

 女性を捕まえていた大男の鳩尾に、唯文の飛び蹴りがヒットする。男は吹っ飛ばされて木の幹に叩きつけられた。幸いだったのは、その木が太く折れなかったことくらいだろうか。

 とんっと着地した唯文が、汚いものを見るような目で彼らを見た。

「……下衆げすが」

「おっ、お前何者……」

「通りすがりの銀の華だけど?」

 親玉を倒された小物たちがざわめく。彼らの問いに悠々と答えたのはジェイスだった。

「ぎ……銀の華といやあ、喧嘩負けなしで相手を倒し回っているって噂の自警団じゃねえか!」

「どうしてこんな森の中まで!」

 ひそひそと話し合う男たちを横目に、唯文が苦笑いする。

「ジェイスさん、おれたちいつの間に暴力団みたいになったんです?」

「妙な噂が独り歩きしているようだね。これが、彼らのような悪者の間の噂であることを祈るよ」

「ですね」

「唯文、彼らを頼むよ」

「心得ました」

 ジェイスの頼みに頷くと、唯文は座り込む女性の前に立って男たちに威嚇した。その眼光は鋭く、小心らしい数人が「ひぃ」と悲鳴を上げて後退する。

 その間に、ジェイスは呆然としている女性の傍らに膝をついた。焦げ茶の綺麗で長い髪には土ぼこりが付き、体は泥や土、草で汚れている。しかし、その容貌は目を見張るほどに美しい。

「怯えなくても大丈夫ですよ」

 びくっと顔をこわばらせる女性に、ジェイスは柔らかな笑みを向ける。彼らの前方では女性を奪おうと必死の大男とその部下たちが、唯文との肉弾戦に苦戦を強いられていた。

 大男は自慢の筋力を活かした大振り拳で殴りつけて来るが、身軽に躱す唯文には到底当たらない。反対に懐に入り込まれ、顎に回し蹴りを喰らってしまう始末だ。

 他の部下たちも一部は唯文に向かって来たが、幾つもの戦いをくぐり抜け、更に鍛錬を怠らない唯文の敵ではない。掴みかかって来る者はその足を払い、左右から同時にパンチを繰り出されれば跳び上がって躱す。ゴンッという小気味良い音がして、二人は互いの体に拳をぶつけ合った。

「く……くそっ」

「まだやんのか?」

 山賊もどきをコテンパンにやっつけ、まだ足りないのかと唯文は問う。若干喧嘩腰で威圧的なのは、唯文は姑息な男たちに苛立っていることが原因だ。

「く。お……覚えてろ!」

 男たちは捨て台詞を残すと、脱兎のごとく逃げ出した。追う気も失せた唯文は、鼻を鳴らして振り返る。

「終わりましたよ、ジェイスさん」

「うん。ありがとう、唯文」

 後輩の労をねぎらい、ジェイスは彼を傍に呼ぶ。女性に向き直って、ゆっくりと口を開いた。

「初めまして。自己紹介が遅れましたが、わたしはジェイス。こっちは唯文。二人共『銀の華』という自警団に所属しています」

「ぎんの……はな」

「ええ。……失礼ですが、あなたのお名前を伺っても?」

「……」

 女性のみどり色の目が泳ぐ。名乗っても良い相手かどうか、決めかねているのだろう。

 ジェイスと唯文は根気強く待とうとしたが、不意に女性が顔を歪めた。細い指が左の手首をさする。大男に強く引っ張られたのか、赤く腫れていた。

 身を乗り出してそれに気付いた唯文が、ジェイスに言う。

「痛そうですね、ジェイスさん」

「ああ。そうしようか」

 阿吽の呼吸で互いの言いたいことを理解し、二人はすぐ実行に移した。

「おれ、荷物取ってきます」

 唯文が走って行き、その場には女性とジェイスが残される。目に見えて動揺している女性の前に、ジェイスは中腰になった。

「……失礼します」

「!」

 ふわり。ジェイスは女性が痛めているであろう腕や足に触らないよう気を付けながら、彼女の体を抱き上げた。身を固くする女性に、ジェイスはすまなそうに呟く。

「初対面のしかも女性を抱き上げるなんて、非礼極まりないのですが……。あなたを手当てするためです。しばらく我慢してください」

「……はい」

 ジェイスが女性の遠慮がちな了承を取り付けたところで、唯文が大きな麻袋二つを運んで来た。少しよろけそうになるが、頑張って足と腕に力を入れている。

「重いだろ? 助かるよ、唯文」

「いえ。早く帰りましょう」

 三人は森を出、アラストの町中を歩き出した。何度か悲鳴めいた声が聞こえた気がするが、唯文は全てを無視して歩いて行く。それが、ジェイスが女性を抱きかかえていることに対する何人もの女の悲鳴でも。

 アラストの郊外に出て、リドアスへとつながる道を歩く。唯文の腕が限界に来てしまったため、ジェイスの魔力で空気の板を創り出した。その上に麻袋を一つ乗せ、再び歩き出す。

 ジェイスが魔力を行使した時、女性が目を見張った。

「魔力……」

「魔力が珍しいですか? このあたりでは魔種であれば誰でも何かしらの力を持っているものなんですよ」

「……お姉さん、この辺りの人じゃないんですか?」

「あっ」

 しまったという顔で口を覆う女性。唯文は無遠慮に尋ねたことへ詫び、再び目と鼻の先であるリドアスへと駆けて行った。もう腕は大丈夫らしい。

 ジェイスは緑の蔦で覆われた建物を指差し、女性に説明する。

「あそこがリドアス。わたしたちの拠点です」

「リドアス……」

 ジェイスが女性を抱えたまま唯文が開けてくれた戸をくぐろうとした時、背後で声がした。

「ジェイスさんと唯文、どうしたんですか?」

「ああ、リンと晶穂か。デートの帰りかい?」

「ち、違いますよ。買い出しですっ」

 顔を真っ赤にして否定する晶穂と、大きな紙袋を下げて苦笑を漏らすリンが立っていた。

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