第312話 竜人という伝説

 リンは留守で空いた穴を埋め直すように、数日間執務室兼自室にこもっていた。やるべきことのほとんどはユキたちが仕上げてまとめてくれているため、その確認と新たな書類の整理が中心だ。

 仕事にはジェイスと克臣も協力してくれ、それぞれの前にすべきものが積まれている。三人共慣れたもので、ペンの走るスピードは常人の二倍ほどだ。

 日に何度か、晶穂がお茶と軽食か菓子を持って来る。それらを三人それぞれの作業の邪魔にならない場所に置き、そっと出て行くのだ。

 今日もいつも通りに温かい紅茶と昼用のサンドイッチを差し入れた晶穂は、ふと立ち止まってジェイスを呼んだ。持って来たのはホットサンドだ。春とはいえ、まだまだ肌寒い時間もある。

「そういえば、さっきユキとユーギがジェイスさんを探してましたよ?」

「わたしを? 何かな」

 サインを書く手を止め、ジェイスが首を傾げる。

「ノートを抱えていましたから、何か調べものかもしれないです」

「昼時だし、話を聞いてやったらどうだ?」

 晶穂の言葉に、克臣が乗って来る。その手には、コロッケと野菜の挟まれたサンドイッチがあった。

 リンも紅茶を飲み、ツナサラダのサンドイッチを選んでいる。作業済みの書類が重なり、手元にはあと数冊が残るのみだ。

「もう少しで今日の分というか、残りは終わります。後は俺と克臣さんが処理しますよ」

 だから言って来て下さい。リンの提案に同意するように、克臣も残り一冊となった報告書を振る。ジェイスは二人を見比べ、クスッと笑った。

「それじゃ、お願いしようかな」

 手早く軽食を食べ終えると、ジェイスは晶穂に代わって食器を食堂へと持って行った。まだ昼食時であることもあり、賑やかである。その賑わいの中に探していた二人を見つけ、ジェイスは手を振った。

「ユキ、ユーギ」

「あっ、ジェイスさん!」

「探してたんだよ」

 ユーギのふわふわしたしっぽがぶんぶんと振られ、ユキは背伸びをしてジェイスを呼んだ。二人の前には食べ終わった皿が放置され、その代わりにノートと本が二冊広げられている。

 ジェイスは二人に食器を片付けてくるよう言い、二人が戻って来るとジェイスはより分厚い本を引き寄せた。その本のタイトルを『竜化国りゅうげこく―失われし部族―』といった。

「これは、図書館で見つけたのかい?」

「そう。ノイリシア王国みたいに外の世界について知りたいと思って、昨日昼からずっと図書館にユキと行ってたんだ」

「で、この研究書と絵本を見つけたんだけど」

 ユキがジェイスに見せたのは『りゅうのたからもの』という絵本だ。ジェイスはぱらぱらと絵本をめくり、内容を確認した。ステンドガラスのようなイラストが美しく、名のある画家が描いたのだろう。

 研究書の目次を眺め、ジェイスは困った顔をした。二人が竜化国について知りたいと思っているのなら、自分はその期待に応えられない。

「竜化国、か。鎖国を長いこと続けているということ以外、私も深くは知らないんだよ」

「じゃあ、竜人についても知らない?」

「りゅうじん?」

「そう。ぼくら、それについて知りたいんだ。だって、失われた種族なんて、わくわくするよ!」

 伝説の類が大好きなユキが身を乗り出す。その様子を見ながら、自分もそういえば絶滅種だったな、とジェイスは思い出した。

 鳥人は、既にジェイス以外この世にいない。それに寂しさを感じることは久しくないが、同じように失われた種族の人々がいたとは感慨深いものだ。

(さて、竜人か。何処かで聞いたことがある、かな)

 記憶の海を探し、ジェイスは目を閉じる。リドアスの図書館は、ドゥラに引き取られた頃から何度も通い、本を読み続けて一日を過ごした場所だ。何万冊もある書籍の全てを読み漁ったわけではないが、何処かに引っ掛かりはないかと探る。

 熟考するジェイスを、ユキとユーギが固唾を呑んで見守っている。

「竜人……。あ、思い出した」

「ほんと!?」

 ぐっと、ユキが向かいに座るジェイスに近付ける。キラキラと輝く水色の瞳に、苦笑するジェイスの顔が映る。

「落ち着いて。竜人は、昔に絶滅したと伝わる竜と人とのミックスだ。いつの時代に生まれたかは定かではないけど、この絵本がその由来を伝えているね」

 絵本の表紙を撫で、ジェイスは言う。

「鳥人と同様、その力はわずかしか伝わっていない。以前読んだ本によれば、神通力じんつうりきと呼ばれる不思議な力を操ったというよ」

「神通力?」

 ユーギが首を傾げるが、ジェイスにもその詳細はわからない。首を左右に振って、その意を示した。

「竜化国にはこの研究書に書かれているように、竜人がいたという痕跡がたくさん残されているんだろう。絶滅したという話だけど、わたしがここに存在しているんだ。竜人も何処かで命をつないでいるかもしれないね」

「へぇぇ! 会ってみたいな」

「ぼくも! ジェイスさん、忙しいのにありがとう」

 気が付けば、食堂にいるのはジェイスたち三人だけとなっていた。時計を見れば、この食堂に来てから一時間が経過している。

「あまり力になれず、申し訳ない。ついでといっては何だけど、竜化国には今もたくさんの人が暮らしている。でもその様子はほとんど他国には伝わらないんだ。長いこと、自国のみで全てを完結させているから、国交を持つ必要がないんだよ」

 そのために、ソディリスラからもノイリシア王国からも竜化国へ行くことの出来る船は出ていない。時折、私的に貿易をする商人や漁師がいるくらいのものだ。

「だから、調べに行こうとしても難しいよ」

「わかった。残念だけど、もう少し二人で調べてみるよ」

「うん。手伝うよ、ユキ」

 楽しそうに展望を話す二人と別れ、ジェイスは食堂を出た。そこへ、一枚の紙を手にした唯文が通りかかる。

「唯文、何処かに用事かい?」

「ジェイスさん。いや、サロがたくさん出来たからわけてやろうって祖父じいさんから連絡が来たんですが、どうしようかと思っていたんです」

「サロか。この時期しか採れない果物だね」

 唯文の言う祖父さんとは、アラストにある事務用品店文月堂の店主のことだ。そしてサロは、地球のサクランボによく似たオレンジ色の果物で、春先にしか実をつけない。甘酸っぱく瑞々しいため、その希少性も手伝って人気のある果物だ。

「よかったら、わたしがついて行こうか?」

「え、良いんですか?」

「うん。サロはみんな好きだし、喜ぶと思うよ」

「ありがとうございます」

 唯文のしっぽが揺れる。あまり表情には出ないが、唯文もサロを食べたいのだろう。

 ジェイスと唯文はその足で、唯文の祖父が営むサロの畑へと向かうことになった。

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