第310話 絵本と研究書

 ノイリシア王国からリンたち四人が帰って来て数日後。リドアスの図書館にユキとユーギの姿があった。

 二人がいるのは、ソディールという世界についての歴史書が並んでいるエリアだ。リンたちが今回行くことになったノイリシア王国は、ユキたちにとって未知の世界となる。他にも知らない国がこの世界にはあるとジェイスに教えてもらい、自分たちで調べて見ることにしたのだ。

「あ、ここだね」

「待ってて。梯子持って来る」

 ユキが梯子を探して離れている間、ユーギは手の届く範囲にある本を右から左へ順に見ていった。ソディールの芸術や料理に関する研究所、レシピ本が並んでいる。

「他のはもう少し上、か」

 身長百五十程のユキには少し高い位置に、歴史分類の本が並んでいる。手を伸ばすが、これは素直に梯子を待った方がよさそうだった。

「お待たせ、ユキ」

「お、ありがとう」

 ガシャンと音をたてて梯子を設置する。幸い午前の早い時間であるために、来館者は少ない。少しくらいなら音をたてても叱られないだろう。

 ユーギに梯子を支えてもらい、ユキは一段一段上っていく。ユキの倍の長さのある梯子だが、その半分くらいのところで立ち止まる。

 歴史書の棚だ。本棚自体は天井まで高さがあるが、そこまで見る必要はないだろう。

 ユキはふと目に留まった研究所と場違いな絵本の二冊を手に取り、ユーギが待つところへと戻った。

「何を持って来たの?」

 興味深げに身を乗り出すユーギに、ユキは「場所を変えよう」と足の向きを変える。きちんと閲覧するための机と椅子は備えられているため、そちらでじっくり見るべきだと思ったのだ。

 二人は向かい合って座り、本を広げる。一冊は『竜化国―失われし部族―』という研究論文らしき本、もう一冊は『りゅうのたからもの』という絵本だ。

 二冊のタイトルを見て、ユーギが目を丸くした。

「てっきり、ノイリシア王国に関する本を持って降りてきたのかと思ってた」

「それも考えたけど、ちょっと気になったんだ。ほら、ジェイスさんが言ってただろ? 『竜化国は、外と分断された未知の国なんだ』って」

 ジェイスは年少組に教えてくれた。ノイリシア王国は開かれた国だが、竜化国は閉じた国だと。外から入って来る者を拒んで長く、その内側を知る者は少ないのだと。

 わくわくする。そう言って目を輝かせるユキに、ユーギは笑った。

「ユキ、不思議とか謎とか大好きだもんね」

「そういうこと」

 まずはすぐに読み終わりそうな絵本からだ。

 絵本『りゅうのたからもの』の内容は、次のようなものである。


 あるところに、とても大きな竜が住んでいた。彼は宝珠を大切にしていて、それを用いて天候を操っていた。人々は竜が適度に晴れと曇り、雨、雪を操ってくれるため、それに感謝しながら暮らしていた。

 しかしある時、宝珠を我がものにしようと企む人間が現れた。彼らに賛同した人々は日毎に増え、いつしか一人の少女を除いて全ての人々が竜の敵となった。

 少女は必死に訴える。人が好き勝手に天気を変えてはいけない。それは世界に反することだと。

 少女の訴えは届かず、竜は絶体絶命のふちに立たされた。

 まさに槍で突き殺されようとした時、人々は初めて竜の声を聞いた。

 やむを得ない、と。

 その瞬間、竜から目も開けていられない程の光がほとばしった。人々が気付いた時には、竜も少女も姿を消していたという。


「『これが、竜人りゅうじんが生まれた伝説である』か。……竜人?」

「竜人なんて種族、聞いたことないな」

 ユキとユーギは首を捻り、改めて絵本を見つめた。最後のページには、美しい娘と翠竜すいりゅうが幸せそうに並ぶイラストが描かれている。

 どうやらこの絵本によれば、竜人という種族がいるということらしい。その種族が今も存在するのか、それとも既に鳥人とりひとのように消えてしまっているのかは謎だ。

「後で、ジェイスさんに訊いてみよう」

「うん。次のだね」

 一先ずの棚置きを宣言し、二人は次に研究所を手繰り寄せた。

 タイトルを黙読し、ユーギが顔をしかめる。

「これ、難しそう」

「確かに。でも気になっちゃったんだ」

 苦笑しつつ、ユキは研究書のページをめくった。

 そこには、大きく分けて三つのテーマで論文が記述されていた。

 一つ目は、竜化国の地理と歴史について。二つ目は、鎖国に至る経歴。三つめは、その地で過去繁栄したとされる『竜人』の痕跡についてである。

 目次で竜人の文字を見つけ、ユーギが指でなぞる。

「ここにもあるね、竜人」

「……もう少し、ここに絞って読み進めてみようか」

 二人は身を乗り出し、三つ目のテーマである竜人の痕跡について読み始めた。


 作者は、大きな研究所に所属する玄人の文化研究者だったらしい。らしいというのは、作者が既に亡くなってから何年も経っているからだ。

 彼はソディールの各種族の研究をする中で、幻となっていた竜人に目をつけた。

 竜人という影も形もわからない種族を探し、彼はソディール中を探索した。そしてようやく、竜化国にその痕跡を発見したのだ。

 幾つかの伝説が残っていた。なんと、絵本の『りゅうのたからもの』の話が例として載っている。

 その他にも、竜人が不思議な力を使って病人を治したという話や、竜人が祈って雨が降った時の祈りの場の跡など残っていたという。

 彼はその後も精力的に竜化国で取材を進めたが、結局本物を見つけることは叶わなかった。


「『私は残念ながら、生涯において竜人の尻尾を掴むことは出来なかったのである』か。この人は幻を探して歩いてしまったのかな」

 パタンと本を閉じ、ユキが息を吐いた。図書館に入って来る光は、いつの間にか赤く染まっている。そろそろ戻らなければ、そう思ってユキは本を持ち上げた。

「とりあえず、これを返して帰ろう。で、ジェイスさんに訊いてみようよ」

「うん」

 二人は急いで本と梯子を元の場所に戻し、パタパタと図書館を後にした。

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