祝宴
第303話 ドレスコード
晶穂はジェイスと克臣と共に、リンが来るのを待っていた。場所は、王宮に程近い巨木の広場だ。
「ここが待ち合わせによく使われるとイリス殿下に聞いたけど、確かに持って来いの場所だね」
ジェイスの言う通り、青々と繁った巨大な木が広場の真ん中に立ち、何処からでもここを見つけることが出来よう。渋谷駅のハチ公像のようなものだな、と晶穂は思った。
「それにしても、エルハはリンに何の用があったんだろうな?」
「おや、克臣は気付いていなかったのか」
驚いた顔をするジェイスに、克臣が胡乱げな表情を見せる。
「何がだよ?」
「きっと今夜の祝宴でわかるとは思うけど……ね、晶穂」
突然話を振られ、晶穂はびくりと肩を震わせる。
「えっ? え、ええ」
「何だよ! 晶穂まで知ってんのか?」
「わ、わたしは知っていると言うかサラに聞いたんですよ」
克臣に詰め寄られ、晶穂は慌てて白状した。
昨晩部屋にやって来たサラが、エルハとの今後について詳しく教えてくれたのだ。そして、彼女から家族への手紙も預かった。
サラから聞いた。晶穂がそう言った時点で、克臣も何かを察したらしい。
「なるほどな」
それ以上克臣がこの話題を口に出すことはなかった。その代わりに三人はリンが到着するまでの間、広場に連なる屋台の売り物を吟味したり、鳩に似た鳥にエサをやったりして過ごした。
「あ、リン!」
鳥と戯れていた晶穂は、遠くからこちらへやって来るリンを見つけて手を振った。彼女の声に驚いたのか、数羽がバタバタと飛び立っていく。
「ごめん! 遅くなりました」
鳥がぶつかりそうになって思わず目を閉じた晶穂の前に手をやり、リンは笑みを浮かべて謝罪した。
「やあ、リン。話は終わったのかい?」
「ええ、ジェイスさん。今夜、正式に発表すると言っていましたけど」
「なら、俺の予想も今夜か。まあ、いいや。行こうぜ」
折角来たんだから、楽しまないと損だろう。そう言って一番に屋台へ飛び込むあたり、克臣が最も楽しんでいた。
その日の夜、満月が世界を照らしていた。
晶穂は落ち着かない気持ちで、鏡の前を行ったり来たりしている。何度も繰り返すものだから、サラに注意されてしまった。
「もう! 晶穂、諦めておとなしくしてよ」
「無理だよ、サラ。こっ、こんなドレスなんて着たことないもん!」
晶穂は灰色の髪に銀と青の花をあしらった髪飾りをつけ、長いものと短いものの二枚のフレアスカートが重なるデザインのドレスを身に付けている。膝下丈の
「晶穂は細身なんだから、足出したら良いんだよ~。可愛いから大丈夫!」
グッと親指を立てるサラは、胸元の開いた上が黒で下が茜色の髪と似た紅色のフレアスカートのドレス姿だ。淡い桃色のボレロもよく似合っている。
この国のドレスは、昔のヨーロッパのような引きずるほど豪奢でフリルがたくさんついたものではない。どちらかと言えば、現代のパーティドレス似ていた。少し布の分厚いくらいの違いだろうか。
「サラの方がきれいだよ。わ、わたしは隅で大人しくしてるから……」
「それはダメ。リン団長と一緒にいてよ?」
「う……わかった」
不承不承の体で頷く晶穂に笑いかけたサラは、彼女を再び鏡の前に座らせた。さらりとした灰色の髪に櫛を入れ、整えていく。
「こうして触るのも最後かなぁ」
「そんなこと言わないでよ、サラ。あなたがくれた戦闘服、
「ふふっ。そうだね」
くすくすと笑い合い、二人は宴の席までの時間を楽しんでいた。
それから数分後、クラリスとヘクセル、ノエラがこの部屋を覗くこととなる。
同じ頃、男性陣も祝宴の準備に勤しんでした。
ジェイスと克臣は、燕尾服に似たデザインのスーツを着こなす。黒に近い色のジェイスは、その白銀の髪と対照的でよく映えている。克臣は紺色に近いそれを身に着け、少し居心地が悪そうだ。
「なぁ、もうちょっとカジュアルなもんはダメなのか?」
「克臣はいつもスーツを仕事で着ていただろう? 何を今更」
「仕事に行くみたいだから、居心地悪いんだよ。―――ったく、リンも何とか言ってくれ」
「えっ」
二人を振り返ったリンの姿は、二人とは少しだけ違った。軍服のデザインを取り入れたもので、リンは背筋が伸びる思いがした。黒の太いベルトが右肩から斜めにかかり、腰のベルトに続いている。ジャケットとズボンの生地の切れ間には青い布があてられ、濃い藍色の服にメリハリを生んでいる。
リンの服装を見て、克臣はにやりと笑った。
「あの衣装係、リンを見て目を輝かせてたもんな。自慢の衣装を着せてやるって張り切ってたし。よかったな、晶穂を赤面させてやれよ」
「なんで俺のこの服を見て、晶穂が赤面するんですか! そのために着てるんじゃないですよ」
「それはわかってるけど。……ふふっ。よく似合ってるよ、リン」
「その言葉に、俺は素直に喜んでいいんですかね」
ジェイスの含み笑いをジト目で見つめていたリンだが、彼らを呼びに来たエルハの姿を見て、息を呑んだ。
「やあ、準備は出来たようだね」
「エルハさん、それ」
エルハの格好は、まさに王子だった。肩章のついたジャケットにズボン姿の彼は、まじまじと自分を見つめる仲間たちに苦笑してみせた。
「変な顔してますね。僕に何かついてます?」
「いや。本当に王子だったんだな、と思ったんだよ」
克臣の正直な感想を受け、エルハは目を見開いた。しかし、すぐにくすくすと笑い出す。
「父上とイリス兄上も待ってます。行きましょうか」
戸を開け、エルハが三人を促す。リンは胸に手をあて、深呼吸を繰り返した。
「……無性に緊張してきたんですけど」
「今更だろ? 頑張れよ、団長」
ぽんっと、克臣の大きな手がリンの頭に乗る。ジェイスも「わたしたちがいるから大丈夫だよ」と笑いかけた。
「そうですね」
リンは大きく息を吸い、吐き出す。そうして表情を改め、戸の向こうへと歩き始めた。
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