第302話 望むは穏やかな国の姿

 武術トーナメント決勝戦から四日後、リンたちは王宮の応接間に通された。

 呼び出されたのは、リンたち銀の華とイリス、ヘクセル、更にジスターニとクラリス、とおる、そしてはるかだ。

 アゼルとアスタールは、王の後ろに控えていた。

 王が目覚めてから起きられるようになるまで、三日を要した。またリンと晶穂が目を覚まして互いの存在に驚き赤面したのは、その前日だった。

 シックサード王は寝室にて側近たちから事の仔細を聞き、眉根を寄せた。信頼する側近の一人が、まさか全ての原因だったと知ったのだから無理もない。

 王は早急にこの件に対する箝口令かんこうれいを敷き、更に関わった者たちへの懲罰を指示した。イズナはなんと、王太子監視下での兵役義務が課せられた。その他の者たちも、それぞれに労役や地方への異動等が課されていった。

「来てくれたね」

 応接間にやってきたリンたちに、シックサード王は笑顔で呼び掛けた。

 白髪の混じった短い黒髪と、濃い茶の瞳。更に容貌は穏やかで、眉をひそめると雰囲気が激変する。何処かエルハと似た壮年の男は、やはり彼と血のつながった父親なのだ。

 リンたちに椅子にかけるよう促した後、王は自らも席についた。

「ここに皆を呼んだのは他でもない。……この国の未来を救ってくれたきみたちに、感謝を示したかったからだ。本当に、ありがとう」

「父上……」

 息を呑み、イリスが呟くように言葉を漏らす。そこには驚きと共に、父がここにいるという安堵も内包していた。

 イリスはヘクセルと頷き合い、立ち上がる。

「私たちからも礼を言わせてほしい。……きみたちがいなければ、この国は、世界は滅んでいたかもしれない。感謝してもしきれない」

「ええ。助かりましたわ。……ありがとうございました」

「ちょっ……顔を上げてください。三人とも」

 イリスたちに加えて、アゼルとアスタールまでもが頭を垂れる。リンは耐えきれなくなって、思わず立ち上がった。

「俺たちは、己がすべきだと、やりたいと思ったことをしたまでです。ですから、もう頭を下げないでください。……俺たちが欲しいのは、穏やかな暮らしを取り戻したノイリシア王国の姿です」

「ああ。必ず、取り戻そう。私たちの手で」

「イリス殿下にそう言って頂けたなら、俺たちにはもう言うことなどありません」

 ですよね。リンが振り返ると、仲間たちが微笑み、また頷いてくれる。

 確かな信頼で結ばれた仲間たち。その温かで強いつながりは、シックサード王の目に眩しく映った。

「私も約束しよう。……イズナのこと、任せておいてくれ」

「はい」

「それから、エルハル……いや、エルハ」

「……はい?」

 銀の華の仲間たちと共にいたエルハは、父である王に呼ばれて身をわずかに乗り出した。父子の間には、イリスとヘクセルがいる。

 王はおもむろに立ち上がり、ゆったりとした歩みでエルハのもとへとやって来た。彼の前に膝を折り、息子の顔を両手で包み込む。

「お帰り。大きくなったな、エルハ」

「ええ。……帰ってきましたよ、父上」

 されるがまま、ぎこちなく笑みを浮かべたエルハにうんうんと嬉しそうに頷き、ぽんっと肩に手を置いた。そのまま顔を近付け、王は耳打ちをした。

「話があると聞いている。……私は部屋にいるからいつでも来なさい。こちらも話があるから」

「……はい」

 イリスから報告を受けたのだろう。王はエルハの返答に満足そうに頷くと、皆の方を振り返った。

「ソディリスラ行きの船は、明朝だ。今日は、それぞれ好きに過ごしてほしい。夜には、私たちからのささやかな祝宴に招待させてくれ」

 シックサード王は微笑むと、側近たちと共に姿を消した。残された方も、少しずつそれぞれの目的へ向かって散らばっていく。

 クラリスとジスターニはノエラのもとへと急ぐために、早々にいなくなっていた。

 リンはジェイスらと共に王都を見て回ろうかと話していたが、不意に現れたエルハに袖を引かれた。

「あ、そうでしたね。エルハさんの用事が先でした」

「覚えていてくれてよかったよ」

 苦笑したエルハに謝り、リンは仲間たちを振り返った。すると事情を飲み込んだのか、克臣がこちらに向かって手を振る。

「リン、俺たちは先に出てるぞ」

「はい。また後で」

 誰もいなくなった部屋で、リンとエルハは向かい合う。

「それで、話とは?」

「話す前に、場所を変えたい。ついて来てくれるかい?」

「わかりました」

 エルハの後を追い、リンは王宮を後にした。


「ここは……この前の」

「そう、ゴーウィンと戦った河川敷。そして、幼い頃に僕と師匠が秘密の特訓をした場所でもある」

 エルハはそう言うと、真っ直ぐ川原へ向かって下りていく。リンは彼の背を見つつ、何故自分がここへ呼ばれたのかを考えていた。

「……」

「……」

 二人は無言のまま、川をさかのぼっていた。野球が出来そうなほど広かった河川敷は、いつしか人一人が通るのがやっとな広さとなっている。それでも時折水に足をつけながら、エルハは前進をやめない。

 三十分は歩いただろうか。河川敷は再び広がり、草繁るぽっかりと空いた場所に出た。

 岩が多く足下は悪いが、エルハは何処かへ向かって足を伸ばす。彼がようやく立ち止まったのは、その空間の端だった。大きな木が、青々とした葉をつけている。

 リンが後ろから覗き込むと、そこには石で作られた墓があった。

 石には、『武藤義尚たけふじよしなお、ここに眠る』と掘られている。

「これは……」

「これは、僕の師匠の墓だ」

 一昨日、アゼル武官長とイリスが教えてくれた。そう言って、エルハは微笑んだ。

 そっと墓石を撫で、エルハは話し出す。

「これからの話は、師匠にも聞いてほしかったんだ。だけど、彼は事故で亡くなったと聞いたから、せめて墓にはってね。……リン、明日リドアスに戻るよね」

「はい。そろそろ、季節も変わります。王様も目覚めましたし、俺たちが出来ることはありませんから」

「うん、きみならそう言うと思ってた」

 エルハは真っ直ぐなリンに頷き、僕はね、と続ける。少し、目線を落として。

 それから顔を上げ、リンと目を合わせた。

「僕とサラは、この国に残ることに決めた」

「そう、ですよね」

「おや? 知っていたのかい?」

 意外そうなエルハに、リンかぶりを振って答える。

「いえ。……でも、こちらに来てからのエルハさんの様子を見ていて、そうかなとは思っていました。お兄さんの手助けをするんですか?」

「そのつもりだよ。ただ国を離れて長いから、まずは人脈作りと国の現状把握が先だけどね」

 エルハはこの国に来た頃とは真反対の、爽やかな笑顔を見せた。もう、道は定まった。

「……エルハさんとサラなら、出来ますよ」

 リンが確信を込めて言うと、エルハは少し驚いた顔をして、確かに頷いた。

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