第301話 まどろみの中で
夢を見ていた。
幼い兄弟と、彼らを慈しむ両親がいる。兄弟は大きく遠い父の背中を追って、母はそんな兄弟を見守っているのだ。
何となく、幼い頃の自分たちと重なって見えた。
「……ん? ここは何処だ」
ぼんやりとした視界の中に、白い天井にぶら下がった豪奢だが落ち着いた雰囲気の照明器具があった。この場所に見覚えはない。しかし柔らかく温かな布団に身を預け、リンはごろりと寝返りを打った。
「……っ」
思わず飛び起きそうになったが、思い留まる。しかし、目の前の光景を見て声を上げなかったことも褒めて欲しい。
(……晶穂!?)
リンの目が一気に覚める。同じベッドで眠っていたのは、王宮で王の看病をしていたはずの晶穂だった。彼女は未だにすぅすぅと規則正しい寝息をたて、幸せそうに眠っていた。
「……」
リンはふと手を伸ばし、晶穂の顔にかかった髪を退けてやった。それから滑らかな頬に触れ、暖かさを確認する。晶穂はくすぐったかったのか、一度だけピクリと反応を示した。
二人以外誰もいない室内で、日が部屋の大きな窓から差し込んでいる。
自分がいつからここで眠っていたのかは定かでないが、リンはこの時間がずっと続けばいいのにと願わずにはいられない。二人の距離は、人一人分もない。手を伸ばせば抱き締められるほど近くに居て、晶穂は目の前で穏やかに眠っている。
「……晶穂」
切なげな声が、リンの喉から落ちてくる。
リンは少しだけ上半身を起こし、上から晶穂の顔を見下ろした。ふと、魔が差す。
ここには誰もいない。晶穂も眠っている。誰にも冷やかされることもなければ、邪魔されることもない。だからこそ、少し大胆な考えが頭をもたげたのかもしれない。
「……いや、やめとこう」
穏やかな顔で眠る晶穂を起こしたくはない。リンは元の場所に寝転ぶと、隣で眠る晶穂に再び手を伸ばした。華奢な体を引き寄せ、また目を閉じる。
体内の毒素は既になく、体が痛みを訴えることもない。恐らく、睡眠による休養と晶穂の神子の力が作用したのだろう。
リンは腕の中の温かさを感じながら、もう一度夢の中へと旅立った。
晶穂がふと意識を浮上させると、心地良く安心感のあるにおいと温度に包まれていた。彼女は目を閉じたまま、傍にあるそれにすり寄る。
「……んっ」
覚醒しかけた頭は、王の目覚めからの記憶を
シックサード王の容体は安定し、いつしか毒素も暴れるのを止めて大人しく消えていた。それを確認してからも晶穂はジェイスと共に王の看病を続けていたが、王は昼過ぎに目を覚ましたのだ。
ぼーっとした顔で首を左右に振った後、王はベッドの傍にいる二人の男女に目を止めた。
「ここは……。きみたちは……?」
「お初にお目にかかります。わたしは銀の華のジェイスと申します」
「あ、晶穂ですっ」
「ぎんの、はな……?」
まだ目覚め切っていない頭では、思考も安定しないのだろう。王は二人を見比べ、ふっと微笑んだ。
「ここにいてくれるということは、我が国の敵ではないようだ。すまないが、誰か呼んで来てはくれないか? ゴーウィンか、アゼル、アスタールでもいい」
「……はい、ただ今」
その場を晶穂に任せ、ジェイスが部屋を出て行った。パタパタという足音が遠ざかると、王は晶穂に視線を合わせた。
「きみは、晶穂と言ったか」
「はい。シックサード王」
「きみからは、眠っている間に感じていた温かな気配を感じる。……どうやら、きみが私を目覚めさせてくれたようだね。礼を言わせてくれ」
「そんなっ、恐れ多いです」
上半身を起こしてこちらに頭を下げる王に、晶穂はぶんぶんと
「わたしだけじゃないんです。……容体が安定されてから、全てお話致しますから」
それまで、休んでいてください。晶穂に促され、王は再びその身をベッドに横たえた。
王が頭を枕につけたのと同時に、廊下が騒がしくなった。何事かと晶穂が振り向く前に、戸が荒々しく開く。
「王! お目覚めになられたと聞きましたぞ」
「シックサード王、お加減はいかがですか?」
最初に現れたのはアゼル武官長、次いで姿を見せたのはアスタール文官長だった。王は二人の姿に笑みを浮かべ、近くへ来るようにと手招きする。
アゼルとアスタール、シックサード王が話している間、ジェイスと晶穂は部屋の隅に移動していた。アゼルが男泣きをし、アスタールは目元を赤くして王の手を握っている。
「よかった。……窮地を脱した、というところかな」
「そうですね。これで、リンたちが無事に帰って来てくれれば……」
「なら、こちらの現状報告も兼ねて連絡を入れてみようか」
祈るように指を組む晶穂に、ジェイスがそう言いながら端末を取り出した。画面に克臣の名を表示させ、耳にあてる。
数コール後、つながった。
「克臣かい? こちらは、落ち着いたよ。……ああ、王様が目覚めた。もう安心だ。そっちは……うん、うん。よかった。……ああ、気を付けて」
「どうだったんですか?」
待ちきれないといった体で晶穂が尋ねると、ジェイスは安堵の表情で笑みを浮かべた。
「あちらも終わったらしい。これから、全員で帰って来ると言っていたよ」
「そう、ですか。よかっ……」
「晶穂っ!?」
かろうじてジェイスが自分の名を呼んだことまでは覚えているが、晶穂にはその後の記憶はない。恐らく、体力が限界に達して倒れてしまったのだと思う。
今、温かな何かに
「リ、ン……」
再び、睡魔が晶穂を襲う。彼女はそれに抗わず、無抵抗に受け入れた。
傍にある何かに手を伸ばし、握る。それだけでもう大丈夫だと実感するのだ。
晶穂が再び寝息をたて始めた頃、客間の戸が薄く開いた。部屋を覗いているのは、克臣とジェイスの二人組だ。
「あいつら、よく寝てるな」
「あまりにも怒涛の展開だったから。もう少し、休ませてやろう」
音を殺して戸を閉め、二人は笑みを浮かべ合う。
「それにしても、あんな顔して。……子どもみたいだな」
「リンも晶穂も、お互いの傍が一番安心するんだろう。くっついて眠るなんて、きっと無意識だね」
「全く、この部屋だけ暖房効き過ぎなんじゃねぇか?」
熱い熱い、と克臣は顔を手であおぎながら廊下を歩き出す。その背に向かって、ジェイスは笑いながら問いかけた。
「克臣、お前も真希ちゃんたちが恋しくなったんじゃないか?」
「毎日夜に連絡は入れてるさ。けど、まあ……そうかもしれないな」
「ふふっ。意地っ張りだな」
「うっさい。戻るぞ」
「ああ」
二人の後ろ姿は、王宮の奥へと消えていく。
リンと晶穂が目覚めるまで、まだもう少し時間があった。
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