第298話 白の奔流 未来の導

 攻撃が鈍る。このままではいけない。霞んでぶれる視界を痛みで明確にした。

 リンは血を拭うこともせず、喉から湧く不快感を呑み込んで魔力を使い続けた。

「消えろぉぉぉぉぉっ」

 ―――ピシッ

 花のおしべめしべがある位置に、黒曜石のような輝きを持つ丸い核がある。それにひびが入り、リンの魔力に抗えずに弾け飛んだ。

 光線は花を粉砕し、その後ろに隠れていたネクロまでも呑み込んだ。

「……!」

 白銀の奔流に巻き込まれ、ネクロの姿が薄まっていく。消し飛ぶ直前、何処からか苦しげな声が聞こえた気がした。

「お許しください、父上」

 それが時世の言葉だったのか、誰にも判断することは出来ない。

 光は弾け、悪意すらも飲み込んで消し飛ばした。

「……はぁ」

 魔力の放出を止め、リンは息をついた。その途端に、激しく咳をする。ごほごほっという苦しげな音が何度も響いた後、リンは自分の手のひらを見てため息をつきたくなった。

「……魔力によってつくられたものなら、その魔力の使い手が死ねば効果はなくなるんじゃなかったのか」

 手のひらには、赤く小さな水たまりがある。肺でも傷つけただろうか。

 毒による継続的な体の痛みと不快感はおさまったが、今までに傷ついた場所はどうにもならないということだろう。丸一日眠っても足りるかわからない。

 出来ることなら、このまま眠ってしまいたい。それ程までに、体は疲弊していた。

 しかし、まだ終わっていない。

「早く、克臣さんやエルハさんのところに行かなきゃな……くっ」

「リン!」

 ふらつくまま倒れそうになったリンは、地面に叩きつけられることを覚悟した。しかし、衝撃はやってこない。

 自分を呼ぶ声に顔を上げれば、克臣がリンの体を支えてくれていた。

「克臣、さん……。どうして」

「……こっちは終わったからな。リンはどうしてるかって見に来たんだ。融にはエルハを追ってもらったが、とんでもない破壊音がしたから心配して……っ、お前!」

「あ……、ごほっ。ばれましたか」

 咳をするリンの手に赤い染みを見つけ、克臣の顔色が変わる。リンは苦笑しつつも、克臣を押し退けて立ち上がろうとした。

 すると、克臣に体を引き戻される。

「この馬鹿。何しようとしてるんだ?」

「何って。追うんですよ、ゴーウィンを」

「……お前は一度外宮に戻れ。ヘクセル姫たちが介抱してくれる」

「……嫌です」

「リン!」

 我が儘を言うな、と克臣の声が荒くなる。自分のことを本当に心配してくれているのだと申し訳なく思いながらも、リンは自らの意志を曲げない。

「我が儘なのも、無茶を言っていることも自覚しています。でも、これは俺たちが受けた依頼です。エルハさんの、仲間の故郷からの頼みです。俺が、無理を承知で最後までいたいんです」

「……例え、死んでもか?」

「……死にはしません。絶対に、晶穂を悲しませないと約束しましたから」

 克臣とリンの視線がかち合う。真っ直ぐに燃えるような瞳のリンに対し、降参したのは克臣だった。

「しゃーねぇなぁ」

 呆れたという声で、しかし楽しげに克臣は言う。それからリンの側に立ち、身を屈めた。

「何を……うわっ」

「しっかり掴まってろよ?」

 克臣はリンを肩に担ぐと、暴れようとするリンを押し止めて駆け出した。

「克臣さんっ、俺走れますよ!」

「無理すんな、吐血したやつが。それに、舌噛むぞ~」

「うっ」

 大人しくなったリンの背を軽く叩いてやり、克臣は闘技場を去った。




 リンと克臣が闘技場を離れたのと同じ頃、イリスはジスターニと共に闘技場内を見回っていた。アゼルも少し前までは一緒にいたのだが、王宮からの召集を受けて姿を消した。

 幾つかの角を曲がり、突き当たりにあった部屋に入る。そこは、関係者以外立ち入り禁止の控え室だった。

 シンプルな白の椅子に腰を下ろし、同じく白い机にイリスは頬杖をつく。

「ジスターニ、私たちは何処で間違えたんだろうか」

「間違えた、とは?」

 頭の上にクエスチョンマークを飛ばすジスターニに、イリスは困ったような顔で笑った。

「間違えただろう? ゴーウィンやイズナ、ネクロという人々は、私たちの向く方向とは反対を向いていたんだ。前王からのすれ違いとはいえ、看過できるものではないと思う」

「前王からのすれ違いだとおっしゃるなら、それはイリス殿下の過失ではないでしょう。……あなたが担うのは、これからの未来。ノイリシア王国がどの道を行くのか、前王や現王が間違いを犯したと言うのなら、あなたがそれを正していくしかないのではないですか?」

「……珍しく、まともなことを言うのだな」

 本気で驚いた様子のイリスに、ジスターニは渋面を向けた。

「心外です。イリス殿下は他の皆と同じように、オレがただの脳筋だとおっしゃいますか?」

「そんなことは言っていないよ。ただ、ジスターニは真っ直ぐに物事を見て脇道など逸れない人だと思っていたから。今だけではなく、未来までも見ていたという事実に驚いただけだ」

「……それ、褒めてます?」

「目一杯」

 真剣な顔をして応じるイリスに、ジスターニはようやく納得した。

 うんうんと頷き、イリスの背後に回る。その椅子の背もたれに腕を乗せた。

「行かなくて良いので?」

「……ああ。行かなくてはな」

 背もたれが引かれ、イリスは立ち上がった。

「我が弟に、全てを背負わせるわけにはいかない。これでも、将来の国王は私なのだから」

 腰に佩いた剣の柄を持ち、イリスは駆け出した。

 目指すは、闘技場の外。エルハとゴーウィンが対峙するその場所に、イリスは覚えがあった。

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