第291話 変化

 パキパキパキ……。

 結界に幾つものヒビが走り、パンッと弾けるように解けた。

 結界が壊れるということは、克臣が陣の上から離れたということを意味する。観客がいなくなり、広範囲を守る必要がなくなったからだ。

「リンッ!」

「克臣さん……」

 観客席から飛び出してきた克臣が、リンの眼前に着地する。ほっと安堵の表情を浮かべたリンのあたまをわしゃわしゃと乱暴に撫で、次いで思いっきりデコピンした。

「いった!」

「ったく、ぼーっとすんなよ? これからが本番だ」

 でも、よく頑張ったな。

 強めの物言いの後、ぼそりと呟かれた言葉は温かい。リンは額に手をあててさすり、表情を改めた。

 そこへ、もう一人が飛び降りてくる。

「おれのことも忘れないで下さいよ、二人とも」

とおる。……助かる」

「ああ」

 互いに複雑な思いはあるものの、今それは関係がない。リンと融は頷き合い、魔の巨人と向き合った。

「雑魚が増えたか」

 三人を見渡し、ネクロだったものは嘆息する。しかしすぐに態度を変え、瞳を黒光りさせた。

「何。痛めつけ踏みつけてからでも、この国を乗っとるには時間が余りあろうな」

「そんなこと、死んでもさせるかよ」

 低く唸るように吐き捨てる融の隣で、リンは言った。

「俺たちは、絶対に死んでなんかやらない。姿を消すのはお前の方だ。ネクロ」

「……ふん。やれるもんなら───やってみろ!」

 ネクロだったものは空気を震撼させるような咆哮を上げ、目にも止まらぬ速さでリンに迫った。

 その回し蹴りを身体をそらして躱し、そのままリンはバク転で逃げる。更に追いたててくるそれに、今度は克臣が正面から剣撃を浴びせかけた。

 克臣の剣は魔の巨人の左腕を叩き落としたが、全く動きが衰えない。痛覚がないのか、右腕を振りかぶってそのまま殴打してくる。

「───っ!」

 リンは自分に向かって飛んでくるそれを受け止めようとしたが、その前に融によって右腕は吹き飛ばされた。

「融、すまない」

「……ふん」

 融が鼻を鳴らした。どうやら彼は、念の力を銃の形にした指の先から撃ったようだ。硝煙のような音がする。

 えぐるように飛ばされた腕は、壁に叩きつけられると同時に煙のように消えた。

「……」

 両腕を失った魔の巨人は、しばし自らの両腕があった場所を交互に見つめていたが、急にぶるりと震えた。

 何事かと固唾を飲んで見守っていたリンたちの前で、魔の巨人は腕があった場所から植物の蔓のようなものを伸ばした。それは一本ではなく、三本。ぐねぐねと気味悪く動くそれらは、彼の意のままに動くようだ。

「こレで、オワりだ」

「おい、変じゃないか?」

 片言の喋り方だ。克臣が始めに気付き、リンと融も戦闘態勢のままで頷く。

「か……っ」

「リンッ!」

 リンが克臣に話しかけようとした直後、蔓が急に伸びてきてリンの腰に巻き付いた。驚く間もなく、急激に引っ張られて地面に叩きつけられる。

 受け身も取れずもろに衝撃を体に受けたが、リンは「大丈夫です……」と傷だらけのままで立ち上がった。

「そんなことより、あれは……」

「ああ。もう、『人』を捨てた化物バケモノだ」

 それまでに残っていた人としての感情や意思を失くしたのか、魔の巨人は己の体を省みない攻撃に走る。もしかしたら、両腕を吹っ飛ばされたことが引き金なのかもしれない。

 こうなっては、仕方がない。克臣は嘆息を飲み込んだ。

「リン、融。……消すぞ」

「「はい」」

 何を消すのか、それはもう言う必要すらない。

 静かに同意した二人は、克臣との連携を強める。魔の巨人が出現させた紫の毒花から噴き出す花吹雪を躱し、殴打を繰り返す蔓を切り刻む。

 更に融は、念の力で敵の捕縛を試みた。これはノエラの事件の時にも使った力だが、黒い球体を創り出して魔の巨人へ投げつける。

 パカッと口を開けた球体が、魔の巨人を食べるように捕獲した……まではよかった。

 内側から爆発させるように球体を破壊され、漆黒の気配が倍増する。

 再び高速で伸ばされた蔓を躱し、リンは上空へと逃げる。その後を追う蔓を、克臣が叩き斬った。更に三度伸びかけた蔓の自由を、融が奪った。

「グ……あああああぁアアアああアアアああぁ」

 更に魔の巨人の咆哮に呼び出された毒の球体が、リンたちを執拗に追いかける。

 ―――パシュン

「ぐっ」

 融が球体を念力で潰すと、握り潰された欠片が融を襲った。じわりとフードの端が溶ける。融はフードを脱ぎ、ぎりっと奥歯を噛み締める。

「くそっ。どうしたら……」

 腕を飛ばしても別の武器を生やし、魔力の放出が止まらない。この裏で国王への毒による侵蝕も続いているのかと考えると、融の気持ちは逸る。

 幾つもの球体を創り出して毒花とぶつけ合う融に、リンが待ったをかけた。肩を掴んで引く。

「そんなことをやっても、永遠に終わらない」

「だったら、どうしろって言うんだよ!」

 声を荒げる融の二の腕や足には火傷が目立つ。幾つも宙に浮く毒花から染み出しているのは、毒により火傷のような症状を作り出すものらしい。

 リンも人のことは言えないのだが、それを棚上げして今に集中する。

「無暗に攻撃を繰り返しても、相手は疲労しない。……だから、一気に消し去る」

 魔力の残りは少ない。おそらく、これを実行すれば昏倒する。それでも、やらなければこの戦いは終わらない。

「一瞬でいい、融はあいつを拘束してくれ。克臣さんが気を引いてくれている、今しかない」

 リンと融から距離を取り、克臣は魔の巨人と一人で戦っていた。幾度も襲い来る蔓を斬り続け、花の攻撃を躱す。何度かかすり、克臣の体にも火傷のようなただれた傷が幾つも走っている。

「はあっ!」

 ―――竜閃!

 光輝く竜が地を駆け抜けた。魔の巨人の左足を噛み千切り、敵はぐらりとバランスを崩した。しかし付け根からは腕の時と同様に蔓が伸びて体を支える。

「……ワたしは、マケナい。かならズ、ちチのねがいを」

 わずかに残っていたネクロの意志が、拙い言葉をうわ言のように呟いた。

 時々、ビクリと魔の巨人の体が震える。その度に、暗闇のような力が増幅されていく。その力は彼の魔力の強さには比例しないものの、機械のような正常でない動きをするネクロだったものの激しい攻撃が繰り返された。

「―――!」

 その時、急に魔の巨人の動きが鈍った。融が両手を伸ばし、力を敵に向かって放出しているのだ。ベキベキと骨が砕ける音がする。それでも抵抗する敵の胸に向かって、リンは思いきり剣を突き刺した。

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