第288話 戦う理由

「どうして、そうまでして抵抗する?」

 幾度となく繰り返される剣の交わりの果て、たくさんの紫色の毒花に囲まれたネクロが問う。立ち、浮遊する花に手を伸ばす。

「正直、私にはわからない。きみはこの国の人間ではないだろう。何故、他人のために命をす?」

「お前には、決してわからないだろうな」

 リンは片膝をつき、荒い息を吐きながら笑う。笑いが漏れる。こいつには、決して理解出来ないだろうと笑う。

「仲間がいるから。俺が、あの人エルハさんの役に立ちたいから。……それだけだ」

 ゆらりと立ち上がり、リンは青白い顔に険を乗せた。

 毒に侵された体が悲鳴を上げている。これ以上はもたないと。

 試合が始まってから、何分経っただろうか。いつの間にやら歓声は落ち着き、観客は固唾を呑んで戦いを見守っている。アナウンサーの威勢のいい声も、影を潜めていた。

 リンは自分の体の本音から耳を背け、ロケットのように駆け出す。毒の花によって守られたネクロの懐に入り込み、その行動不能を狙う。

「そう言えば、決勝戦は自分の武器を使っていいんだな」

 静まり返った観客席で、克臣が疑問を呈する。第一試合から見ていたが、どれも王国が使用を許可した模造品が武器として配られていた。しかし、今回はリンもネクロも持参した武器で戦っている。

 克臣の疑問に答えたのは隣でリンを穴が開くほど見つめているとおるではなく、二人の後ろで胡坐をかいているジスターニだ。

「ああ、そうだぜ。ただし、命のやり取りは禁止だ。これはあくまで、日頃の鍛錬の成果を見せるために行なわれている大会だから、な」

「日頃の鍛錬の成果、ね」

 目の前で行われているのは、どう見ても命のやり取りだ。

 リンは自らに殺さずの誓いを立てているが、ネクロは違おう。

(亡き父親の無念を晴らそうと、あいつはそれこそ死に物狂いで殺しに来ている。それは、お前も感じているんだろう、リン)

 正直なところ、克臣はリンだけがこの戦いに身を投じることを良しとしてはいなかった。それはきっと、ジェイスも晶穂も同じだっただろう。

 それでも背中を押したのは、彼の思いを知っているから。

 誰よりも優しくて、誰よりも傷を負う。それでもめげずに誰かのために走り出す。そんなリンだからこそ、皆ついて行くのだ。

 克臣は、知らないうちに奥歯を噛み締めている自分に気が付いた。そして、白くなるほどに拳を握り締めていることにも。

「―――ふっ」

 どうやら自分は、リンの傍に行ってやりたくて仕方がないらしい。

 かわいい弟分であり、危なっかしい年下の友人。尚且つ、銀の華の団長という重責を担っていることを尊敬してもいる。だからこそ、ジェイスと二人で支えたいのだ。

「……頑張れ、リン」

 今克臣は、この場を動くことは出来ない。ジェイスに託された結界は、核を必要とするのだ。核がなければ結界は霧散し、毒液が客席に降り注ぐ。

 その核に、克臣がなっている。彼の足元には、誰にも見えない色で陣が描かれているのだ。その場を離れた瞬間、結界は失われる。

 手を出せないもどかしさを抱えつつも、克臣は仲間の健闘を祈っていた。

「はあっ――――」

 リンが空中から振り下ろした剣は、毒花の花びらを一枚散らした。花びらは風に舞い、結界にぶつかってドロリと溶ける。それを目の当たりにした観客の悲鳴が上がった。

 ネクロは怒涛の進撃を続けるリンから逃れるように後退しながらも、その攻撃の手を緩めない。放った剣撃は空を切り、あたらなくなってきた。

(何故だ。何故、こんなやつを一撃で殺せない?)

 混乱の只中にいながらも、ネクロは迷いのない目で自分を追い立てる目の前の青年を観察していた。

 時折繰り出される光の魔力による攻撃は精彩を欠き、毒による侵蝕が進んでいる証明になっている。大抵の人間は毒に指一本でも侵された時点で命乞いをするのに、こいつは全くそのそぶりを見せない。

 どうしたらリンを絶望に染められるか、ネクロの思考はそちらにシフトし始めていた。




 しん、とした闘技場内を歩く影が一つあった。

 コツコツという小さな靴音は、誰かの姿を探すかのように時折乱れる。

「王宮に姿はなかったけど。……自宅に行った方がよかったかな? もしくはネクロの家か」

 エルハはひょいっとメイン会場へとつながる通路を覗き込んだが、すぐに前を向いて歩き出す。

「僕がすべきことは、こっちじゃないから」

 激しい戦闘音が響き渡り、時折地震でも起きたのかと勘違いしそうな衝撃が走る。二つの魔力の波動を感じ取り、エルハは立ち止まって目を閉じた。

(光はリンだ。少し弱まって入るけど、戦意は衰えてない。……それは相手も同じ、か)

 今朝出がけのリンと話した後、エルハはジェイスと克臣と共に打ちあわせを行なった。ジェイスが晶穂につき、克臣が闘技場に結界を張る。そして、エルハの役割はまた別のところにある。

 エルハはふと、今朝のリンの表情を思い出していた。

 彼は話を聞いた後、目を見開いた。そして、ふっと微笑んだのだ。

「エルハさんがそう決めたのなら、俺にとやかく言う筋合いはありません。ただ、今回の件の片が付くまでは、何があっても下りませんから」

「きみも強情だなぁ。本来なら関係のないことだろうに」

 呆れたエルハに、リンは軽く首を横に振った。

「関係ないなんてこと、ないんです。神庭が侵されれば、俺たちの故郷にも影響があるでしょうから。それを事前に防ぐため、戦っているんです」

 じゃあ、行ってきます。

 リンは決して、くじけない。年上であるはずのエルハをも鼓舞し、走って行く。

 だからこそ、自分もやるべきことをし通さなければと決意することが出来るのだ。

「……さあ、行かなくちゃね」

 エルハが去った後、試合会場では光が弾けた。

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