第283話 決勝前夜

 リンは、隣に座ってサラダを口に運んでいる晶穂をちらりと見た。自分たちよりも後に食堂へやって来た彼女は、何処か落ち込んでいるように見える。

 しかし「どうかしたのか?」と尋ねても、曖昧に微笑むだけでらちが明かない。

(考えられる原因は、アレしかないんだよな……)

 ヘクセルが自分に好意らしきものを持っていることは、わかっていた。そのアピールのために、先程リンの腕を取ったことも。

 しかし、リンは拒否の意思を示したはずだ。あからさまでない程度の態度だったが、ヘクセルから離れた。彼女はその後もついて来たが、適当に流してここにいる。

 それでも浮かない顔をしている晶穂に理由を問いたいのは山々だが、今はそれをすべき時にない。

 焦燥感を覚えながらも、リンは克臣とジェイス、遥と共に武術トーナメント中の出来事について報告していた。

「そうか……。ネクロ派がきみたちを。より警備を強化しないといけないようだね」

 腕を組んで考えながら、イリスが深く頷く。

 更にとおるとジスターニが、王宮に現れたイズナとの交戦を報告した。王の自室の前の廊下が水浸しになったくらいの被害だが、その出来事が意味するところは、決して小さくはない。

「イズナは、確実に王の命を奪う心積もりでした。しかし今日に関しては、おれたちがいたことで難を逃れた、それだけのように思えます」

 融の言葉に、イリスは眉間のしわを深くした。

 そこに、肩を叩かれたはるかの声が加わる。

「ゴーウィン様はネクロとイズナを使い、少しずつ王宮内に味方を増やしていると考えられます。……王太子殿下の前で言うことははばかられますが」

「いいよ。言って、忌憚きたんなく」

「……はい。現王は軟弱だと、さっさと敵国を滅ぼしてしまえとの声が出ているのです。ご存じかとも思いましたが」

「ふふ、勿論知っているよ。ただ、これほどまでに大事に発展するとは思っていなかったけどね」

 何処か諦めを含んだ笑みで、イリスは応じた。

「軟弱ではなく、慎重であり強固である。誰か、そう考えてくれる者がいればいいのだけどね」

「……理想と現実はしばしば解離します。それに、追い求めるものが違えば、簡単にはわかり合えないものだからね」

「その通りだね、ジェイスさん」

 だからこそ理想を求めて少しずつ現実を変えていくのだ、とイリスは言った。

 しかし、ふと顔色が曇る。

「まさか、ゴーウィンさんが敵側の人だったとはね。私もそうだが、父も見抜くことは出来なかった。……その甘さが、今を引き起こしているのだろうな」

「兄上だけのせいではありませんわ。わたくしも、エルハも、母も、武官長も。誰一人として、彼の闇に気付かなかったのです。それほどまでに巧妙に真実を核し続けたゴーウィンを恨めど、わたくしたちが互いに謝り合う時ではないのですわ」

 はっきりとしたヘクセルの物言いに、イリスは虚を突かれた。まさか、妹姫がそのようなことを発言するとは思わなかったのだろう。

 エルハは兄と姉の表情を見比べながら、目を細めた。

「姉上の言う通りですよ、兄上。今は、それよりも考え行動すべきです。……でしょう? リン団長」

「ええ。そうですよ」

 リンは頭の半分で考えていたことを端に追いやり、切り替えた。

「彼らが仕掛けてくるとすれば、明日の決勝戦です。第二ブロックの優勝者はネクロに決まり、俺も第一で勝ちましたから」

 後は倒すだけです。それが簡単なことではないと承知した上で、リンは何でもないことのように装った。

「始まる前から怖じ気づいていても仕方がないからね、リンの言い方は正しいと思うよ」

 リンの意図を汲み取り、ジェイスが微笑む。ぽんっと頭に手を置かれ、リンは照れて目をそらした。

「ですが、相手が何を仕掛けてくるかは全くわかりません。王宮にも外宮にも、そして闘技場にも警備を配置しておくに越したことはないでしょう」

「わかった。明日はそう手配しよう」

 闘技場には、選手二人以外の入場が固く禁じられている。何かが紛れ込んだ場合、その試合は無効化されるのだ。

 イリスはすぐに手元の端末を操作し、何処かへ電話をかけた。話の内容から察するに、闘技場の管理室だろう。

 端末を仕舞い、イリスは茶を飲んだ。それは食事が始まる直前に入れられたものだったが、既に冷えてしまった。

 ヘクセルが「変えますわ」と席を立ちかけたが、イリスはそれを制した。

「熱いのは苦手だから。猫舌なんだよ」

 その言葉通りにお茶を飲み干すと、イリスはリンと視線を合わせた。

「私が出来ることは、きっとほとんどないんだと思う。依頼しておいて、何も出来ないのは心苦しいけど……どうか、宜しくお願いします」

「あ、頭を上げてください!」

 深々と頭を下げられ、反対にリンの方が恐縮してしまう。

「俺は……俺たちは、好きでやってるんですから。これも、銀の華の役目ですよ」

「言うようになったなぁ、リンは」

「ふふっ。でもその通りですよ、イリス殿下。わたしたちは、自ら望んでここにいるんだから。下手な心配は無用だよ」

 克臣がリンを小突き、ジェイスはにこにことイリスにこれ以上は不要だと暗に示した。

「それより、今夜はみんなゆっくり休むことの方が大切だ。折角の夕食をいただいて、早く寝るようにね」

 ジェイスの先生のような物言いに、克臣が吹き出す。それにつられて、いつしか食卓は和やかな雰囲気に包まれた。

 そんな中、ちらりと隣を見たリンは、この後晶穂と二人で話すことを心に決めていた。

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