第279話 メッセージ
リンが裏側に戻ると、克臣が廊下のソファーに腰掛けて待っていた。
「お疲れ。見てたぜ、お前の」
親指で指したのは、テレビ画面だ。そこでは今、スタジアムの様子が映し出されている。もうすぐ、次の第二ブロック第三試合が始まろうとしているのだ。
「ジェイスさんと遥はどうしたんですか?」
克臣に促されて彼の隣に座ったリンは、ふと周りを見回して尋ねた。
「二人は今、掃除しに行ってる。正しくは、気絶したやつらを外に放り出しに行ったんだ」
「ああ。あの人たちですか」
何人もいたはずだが、ジェイスの気の魔力にかかればその人数を運ぶのも造作ないだろう。なんたって、船まで造ってしまう人だ。
克臣は苦笑いし、手に持っていた携帯端末を揺らす。
「俺は、お前にこれを見せないといけないから残ったんだ」
「これ?」
よく見れば、その端末はリンのものだ。どうやら控室から失敬してきたらしい。戸は蹴り破ったために開いたままだから、簡単に持ち出せただろう。
「晶穂からのメッセージが入ってた。どうやら王宮でも一戦あったらしいぜ」
「えっ」
克臣から奪い取るように携帯端末を操作し、リンはメッセージを表示させた。そこには、晶穂からとして次のような文章が書かれていた。
『イズナによる襲撃がありました。融とジスターニさんが返り討ちにしてくれ、王様は無事です。』
「……いや、お前はどうなんだよ」
思わず小さい声で突っ込みを入れ、リンはその旨を返信した。それから、にやにやしている克臣に、メッセージ内容を伝える。
「どうやら、向こうではイズナによる攻撃があったようです。融とジスターニさんが対処してくれたようですが」
「なら、王様に大事はないだろ。……何だ? 不満そうだな」
「そんなことないですよ」
そんなことはないと言いつつ、リンは何処か不貞腐れている雰囲気がある。何故か思い当たり、克臣は内心笑った。
「リン」
「何です?」
「まだまだだな、お前も」
「いや、何がですか」
まさか克臣が、融が晶穂の近くにいることが不満なんだろ、などと口に出すことはない。それが当たっているかもわからないが、きっとそうだろう。
リンは不思議そうな顔をしていたが、向こうからジェイスと遥がやって来るのを見て片手を挙げた。
「やあ、リン。終わったようだね」
「まだ一試合ですけどね。……あ、そうだ」
忘れるところでした。そう言いながら、リンはズボンのポケットに携帯端末を仕舞った。
「さっきの試合の後、相手に言われたんですよ。『オレは、先陣だ。この後も、お前を殺そうと何人も立ちはだかる。お前は、このトーナメントの決勝までは進めない』と。……相手からの宣戦布告だと捉えて、問題ありませんよね」
「先陣、か。ネクロ一派の者と考えていいだろうな。というか、これ以降は全て敵の手の者だと考えた方がいいと思うよ、リン」
腕を組んで壁に背を預けつつ、ジェイスが言う。リンも頷き、次いで少し離れた所にいた遥に目を移す。
「遥、だな。こちらに連絡をくれてありがとう。助かった」
「いや……。オレは、イズナを止めたいだけだから。ずっと一緒に過ごしてきた、兄弟みたいなものだから」
昔を懐かしむように目を細め、遥は言う。イズナと遥は、ゴーウィンに見出されて幼い頃から一緒に育ってきたのだという。成人後も二人は共に過ごし、切磋琢磨を繰り返したのだ。
「……遥は、今幾つだ?」
克臣に尋ねられ、遥は「二十六だ」と答えた。克臣やジェイス、勿論リンよりも年上だった。
「え……。言葉遣い、変えた方が?」
「いいよ。今更ってのもあるが、オレはそんなかたっ苦しいのは苦手なんだ」
前髪をかき上げ、遥は苦笑した。
「それに、イズナを止めるにはお前らの力を借りないといけない。オレ一人じゃ、あいつら全員を相手にするなんて無理だからな」
「それについても、遥が知る限りで教えて欲しい」
リンの頼みを受け止め、遥は了承した。だが、その話をすぐに始めるには時間がない。
「第一ブロック第四試合を始めます。該当者は速やかにゲートへ向かって下さい」
「……だとさ、リン」
アナウンスが流れ、時間切れを告げた。リンは仕方ないと眉をひそめ、遥に向き直る。
「幸い、決勝は明日だ。今夜、外宮で会おう」
「わかった。……勝てよ、リン」
「当然。じゃないと、ここまで来た意味がない」
リンは拳を握り締め、わずかに笑う。その時、ポケットの中の携帯端末が震えた。
端末を取り出すと、その画面に晶穂の名が表示されている。
取り落としそうになりながら、リンは通話ボタンを押した。
「どうした、晶穂」
電話口で尋ねると、向こうから遠慮がちな晶穂の声が聞こえてきた。
「あの、ね、リン。イズナがこちらに来た話はしたよね。今、王様の部屋で
どうやら、晶穂の神子の力が効果を示しているようだ。安堵し、ただ予断は許さないといさめながらもリンは安堵の息を吐く。
「そうか、よかった。そのまま続けて治療してくれるか」
「わかった。……リン」
「何だ?」
「……待ってる。必ず、帰って来て。三人で」
「おう」
リンは本当に親しい者にしか見せない穏やかな笑みを浮かべ、通話を切った。
ふうっと短く息を吐き、吸う。そうすることで、より気合が入る気がするのだ。
「ジェイスさん、克臣さん。
三人に背中を向けたまま、リンは彼らに声をかける。
「明日に、必ずつなげます」
ジェイスと克臣は顔を見合わせ、それぞれの表情で笑った。
「いってらっしゃい、リン」
「行って来い。見ててやるから」
二人に続き、遥も小さくエールを送る。
「……勝てよ」
小さく頷き、リンは手の中にあった携帯端末を後ろに放った。それを克臣が必ず受け取ると信じて。
「おっと」
確かに受け止めた克臣が、ふと画面に目を落として口端を引き上げた。
「どうした?」
「ん? 見ろよ。この、新着通知」
待ち受け画面は銀の華の紋章だが、そこに表示されているのは通知の表示だ。新着メッセージとして、晶穂の『信じてる』という一言が載っている。
これをきちんとリンが見た上でこちらに投げ寄こしたのかはわからないが、ジェイスは見せられた画面を見て目を細めた。
「かわいいなぁ、二人共」
「その二人を守るのが、俺たちのすべきことだ」
「だね」
兄貴分たちの新たな決意を知らず、リンは再び闘技場へと足を踏み入れた。
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