第277話 事の真実

 必死な遥の目に、嘘はない。しかし彼の口から出て来た人名に、ジェイスも克臣も驚きを隠せなかった。

「ゴーウィンっていったら、エルハの世話役だったあのじいさんだろ?」

「じいさんというには若いと思うけど……。でもリドアスまでエルハを探しに来たくらいだから、よっぽど王様に近い人なんだと思っていたけど」

 言い合う二人に、遥は「それは表向きだ」と言い切った。

「確かに、ゴーウィン様は王様の側近の一人で、というか執事だし、エルハルト殿下の世話役でもあった。普段は穏やかで、オレやイズナの世話も見てくれる人だ。……だけど、血は争えないんだよ」

「血?」

 ジェイスが首を傾げる。血は争えないという言葉は、自分自身にも当てはまるな、とふと思った。今この手の中に、鳥人の強大な魔力が握られている。

「二人は、ゴーウィン様の姓を知っているか?」

「いや……。克臣は?」

「ジェイスが知らんのに俺が知ってたら奇跡だろ」

「確かに」

「……そこは一瞬でもいいから間を空けろ」

 即答されて崩れ落ちそうになっている幼馴染を放置し、ジェイスは遥に続きを促した。

 遥は長い溜息を吐き出し、ようやく口を開く。

「―――ウィンテッド。ネクロの父、亡きカグロ・ウィンテッドの実弟だ」

「何」

「じゃあ、あいつの血縁者じゃねえか」

「それだけじゃない」

 腕を組み、遥は顔を歪めた。長い前髪が顔にかかり、その藍色の瞳を片方隠す。

「ネクロにカグロの思想を植え付け、誘導したのはゴーウィン様だ。兄の息子を引き取って育て、違法魔力を植え付けた。……何食わぬ顔をして病室で世話をしているが、あの人が王に持って行くものにネクロの毒が入っていないと何故言える?」

 遥の言葉は、ジェイスと克臣に更なる危機感を持たせた。踵を返しかけた克臣の腕を、ジェイスがつかむ。振り解こうとした克臣に、白髪の青年は言い含めるように言いやった。

「克臣、今行ってわたしたちに何が出来る?」

「それはっ」

「それに、向こうには晶穂と融、ジスターニさんがいる。滅多なことは……」

「ちなみに、イズナは向こう側についたから。今頃襲撃しているかもしれないけどな」

 投下された遥の爆弾発言に、二人は顔を見合わせた。

「……へえ。リンが聞いてなくてよかったよ。何を置いても飛び出していきそうだ」

「違いないな。だが、融とジスターニさんがいてくれている。大丈夫だろう」

「……オレは、二人共飛び出すと思ってたんだが」

 目を瞬かせて呟く遥に、克臣は「期待したか?」と笑った。

「さっきので、その勢いは削がれちまったんだよ。それに……」

「!」

 克臣がちらりと背後を見る。ジェイスが密かに手のひらで空気の塊を創る。そして遥は、立ち上がって臨戦態勢を取った。

 彼ら三人の傍に、得物を持つ男女が姿を見せたのだ。彼らの瞳は、どれも友好的とは言い難い。

 克臣は大剣を抜いた。背負うのが面倒になったそれは、ジェイスの力を借りて体内に収容している。

「お前ら、ネクロの手の者か? それとも……ゴーウィンか?」

「……」

 克臣の誰何に対する答えは、ない。答えのないことがまた答えになる。

 リーダーらしき眼鏡のインテリ風の男が、無言のままにくっと顎をしゃくった。それを合図に、六人の男女が動き出す。

「……遥!」

 克臣の呼びかけに、戸惑いを顔に浮かべていた遥が応える。

「何だよ」

「ここでは、お前も数に入れるからな」

「……わかってる!」

 遥は狼人の脚力を活かし、その場で跳んで近くにいた男に跳び蹴りを食らわせた。流石はゴーウィンの護衛を務めていただけはある。素早く反射神経を発揮して、その次の攻撃を躱す。

 克臣は刃の腹で二、三人を薙ぎ倒し、更に臆することなくナイフを向けてきた女を躱してその背を押す。それほど力を入れたつもりはなかったが、相手は勢いを殺せずつんのめって近くにあった机にぶつかった。これで、あと一人を抑え込めば残るはリーダーのみだ。

「ジェイス!」

「わかった」

 付き合いの長すぎる二人は、例え一言であっても相手が何を言わんとしているのかわかってしまう。それを煩わしいと思う反面、ジェイスも克臣も便利だなと思わないではないのだ。

 ジェイスは克臣の意図を理解し、透明な弓矢をキリキリと引く。狙いを定めるのは、彼にとっては瞬き一つの時間でいい。その間に克臣と遥が雑魚を伸してくれる。

「……残念だったな」

 矢を飛ばす直前、ジェイスは呟いた。その言葉を受け取るべき相手は、矢に眼鏡を割られて気を失った。

 放った矢は、眼鏡を割った直後に消えるよう設定した。だから死ぬことはないのだが、そんな温情を知らない敵からすれば、殺されたと錯覚するのだろう。

 手の中に残っていた弓を空気に溶かし、ジェイスはふうっと息をついた。

 幸い通行人はいなかったが、幾つかある控室から数人が顔を出した。しかし廊下の惨状に、戸はすぐに締められる。

「お疲れ、遥」

「いや。……離脱した時から、こうなることはわかってた」

 ジェイスの労いに、遥は少し泣きそうな顔で応じた。知った顔でもいたのだろうか。

「とりあえず、こいつらをどうにか……」

 ―――バタン

 克臣が伸した一人を引きずろうとした時、一か所の戸が勢いよく開いた。何事かと三人が目をやると、中には床に仰向けになったがたいの良い男がいる。彼を見下ろす位置に、リンが何かを蹴った後の姿勢で立っていた。

「ジェイスさん、克臣さん。無事ですか!?」

「お前……」

 言葉を失くす克臣に代わって、ジェイスが苦笑いをする。

「これから本戦だろう。こんなところで油売ってる暇はないんじゃないかい? それに、見張りを蹴り倒して出て来てくれたようだしね」

 それには感謝しなきゃいけない。そう言って微笑む兄貴分に、リンは少し不愛想な顔をした。

「あの部屋、防音設備が完璧で。でもさっき一度開いたので、何が起きていたかを察せました。……だから止められるのを承知で蹴り破ったんですけど」

 もう終わっていましたね。肩をすくめた後、リンは遥に向き直る。

「遥、だったな。何でこんなところにいるのかを聞きたいけど……」

 遠くから、リンに闘技場へ来るよう呼びかけるアナウンスがなされる。時間切れらしい。

 息をつき、リンは表情を改めた。ジェイスと克臣に「いってきます」と挨拶する。

「早めに戻ります。そうしたら、何があったか教えて下さい」

「わかってるよ。……勝って来い」

「お前なら大丈夫だ」

「はい」

 ジェイスと克臣、そして遥に見送られ、リンは初めて闘技場に立った。

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