第268話 人を焼く花
───ガキンッ
リンは杖でネクロの剣を受け止め、押し返した。そして勢いのままに光の矢を放ったが、ことごとく斬り落とされる。
ネクロはひらりと涸れた噴水の上に下りると、そこを中心とした魔方陣を敷いた。
陣は古代語かと思われるような理解出来ない文字が羅列され、ぐるぐると回っている。高貴な色とされる紫が、今だけはおどろおどろしく見えた。
「
ネクロを芯として、巨大な花弁が円形に並ぶ。その黒に近い紫の花は、閉じた。
「……?」
動くべきか否か迷うリンの横をすり抜け、克臣が跳躍する。その時、花の頂きに動きがあった。
「ダメだ、克臣!」
ジェイスが叫んだが、遅い。
パカッと口を開けた花の中から、雄しべや雌しべのような蔓状のものが複数飛び出してきたのだ。それらは克臣を見付けると、これ幸いと獲物に襲いかかった。
「克臣さんっ!」
「くそっ! はあぁっ───!」
克臣は一本を躱し、継の二本にからめとられる前に屋敷の屋根で再び跳躍する。今度は後方に下がり、襲ってきた蔓を切り裂いた。
「ふぅ。あぶねぇ」
「この馬鹿! 不用意に飛び掛かる奴があるか!」
「痛っ」
リンと晶穂の傍を離れて克臣の頭をはたいたジェイスは、空気の壁で襲い来る毒々しい色をした蔓をはね除ける。しかし完全には弾けず、一本がジェイスの二の腕を焼いた。
「何っ」
「ジェイス、それはっ!」
ジュッと熱い鉄板に触れた時のような音をさせ、火傷に似た傷になる。ジェイスは痛みを堪えて顔を歪め、下でこちらを見つめる弟分たちに警告を発した。
「二人とも、この花は毒で人を焼く。十分に注意して倒すんだ!」
その瞬間に何度目かの蔓が、ジェイスと克臣に絡み付こうと
よく見れば、蔓の先からは液体が染み出している。あれは、この花が作り出した毒の成分だろう。
「ジェイスッ!」
「悪いっ」
一瞬考え事に落ちていたジェイスの顔に殴りかかろうとした蔓は、すんでのところで克臣が叩き斬った。
鞭のようにしなり何処までも伸びる蔓は、ジェイスたちだけでは飽き足らずにリンと晶穂にも狙いをつけた。
ジェイスたちに向いていたものの半分が、下を向く。そこに目があるわけではないが、晶穂は何かに睨み付けられたような錯覚に陥った。
くっと奥歯を噛み締め、その怖じけを追いやる。
隣にはリンがいる。独りではない。それが、どれほどの勇気に変わるだろう。
「晶穂」
リンはわずかに微笑むと、花へ向かって光の斬撃を放つ。光は暗闇を照らすものとなり、ぼんやりと花の中にたたずむ男の姿を映し出した。
男は至極冷静に、すっと右手を挙げる。すると蔓は動きを止めた。
ぴたり、と狙いを定めるように動かない蔓は、やがて動き始めた。
ぐねぐねと集まり、散り、集まる。そうして、人間一人分の太さを持つ蔓の塊が出来上がった。組み合わされたその間から、じゅくじゅくと染み出るのは毒だろう。
ぽたり。雫が地面を濡らす。と同時にその一点が焼けただれ、小さな焦土と化した。
「何、これ……」
ぎゅっと氷華を抱くように握り締めた晶穂を背に庇い、リンは花を見上げた。
いつの間にか花弁は開き、中央に立つ男の姿が見える。彼は青い双眸に暗い光を宿し、リンを見つめている。
「……お前は、知っているか? 神庭の宝を」
「神庭の、宝……?」
ネクロはやはり、父の遺志を継いでいる。確信を持ったリンは、否定の言葉を口にした。
「いや、知らない。───知っていたとしても、その為に
リンは真っ直ぐな瞳で、憎悪に燃える青い瞳を睨み返した。
「俺の、俺たちの仲間の大切なものを奪うお前を、決して許さない」
「……ならば、
暗い瞳に一層の闇を浮かべ、ネクロは花に指示を出した。彼の指示を受け、花から花弁が散っていく。
しかしそれは、ただ散らした訳ではない。花弁一枚一枚が姿を変え、小さな紫の花となる。
「───死ね」
ネクロの小さな呟きは、リンたちに届かない。その代わりに花々から伸びた濃い紫の蔓が、縦横無尽にリンたちに襲い来た。
「危ないっ」
晶穂はリンの前に小さな防御壁を作り出すと、次いで自分の前と克臣、ジェイスの前にも展開した。それらは晶穂が解除しない限り敵をはね除け続け、攻撃をリンたちに届かせない。
案の定蔓は全て撥ね付けられ、ネクロは舌打ちをした。
「お前、邪魔だ」
「──!!」
真っ直ぐに伸びた鋭い蔓が、晶穂の胸を刺し抜かんと高速で飛んでくる。流石にそれを防御するのとは出来ず、咄嗟に目を閉じた晶穂だったが。
───バシュッ
「俺がいること、忘れんなよ」
「リ、ン……」
晶穂が、信じられないという顔をして目を見開く。彼女の目の前には、蔓を正面から真っ二つに斬ったリンの姿があった。
どろり、と液体を滴らせた後、蔓は力を失い四散した。
はぁはぁと荒い息をするリンの頬に、晶穂は傷を見付けた。それは、花の毒を受けてわすかにただれた火傷。
「リン、その傷っ」
青ざめる晶穂に、リンは「大丈夫だ」と笑って見せた。しかしその笑みは、無理をしていることが丸わかりのものだ。
「……わたしも、戦わなきゃ」
「晶穂、早まるなよ」
「わかってる」
釘を刺され、晶穂は苦笑した。どうやらリンは、晶穂の力をまだ信じきってはいないらしい。それを覆したい、そんな思いが首をもたげる。
晶穂は自己満足を欲する思いを落ち着けるために、一呼吸置いた。それを怯えているのだと勘違いした
「「───!!」」
それを上から見ていた克臣とジェイスが、声にならない叫びを上げる。ただ一人、リンは冷静に晶穂を見ていた。
リンの態度が正しかったことは、すぐに証明される。
彼は、晶穂の力を信じていないのではない。何よりも信じているのだ。
「破ッ!」
氷華を軸として、晶穂の周りに白く輝く花が咲く。それは銀の華のシンボルに似た、五片の花弁を持つ花だった。
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