助けになるための戦い

第264話 再出発

 夜は更け、リンたちの話し合いは続いていく。

 アゼルを協力者として、ネクロの目的も明らかになったと言えるだろう。

「ネクロは亡き父親の願いを叶えるために、王の命さえも狙っているということですね。……目的のためには邪魔でしかないからという理由で」

 リンは簡潔にまとめると、眉間にしわを寄せた。

「なら、やっぱり早く止めないと。エルハのお父さんが死んじゃうよ!」

「サラ、落ち着いて」

 ぎゅっとエルハの袖を握り締め、サラが泣きそうな顔で言う。晶穂に背中をさすられ、肩で息をしながら落ち着きを取り戻した。

 エルハもサラの頭を撫でながら、隠された怒りと不安を染み出させるように言う。

「実の父であることは間違いないから、感慨も、色んな感情もあります。……故郷を捨てたつもりだったけど、捨て切れていなかったようだ」

 自嘲気味の苦笑を漏らし、エルハは改めて全員を見渡した。椅子を引いて立ち上がり、深々と頭を下げる。

「エル……ッ」

「みんな、改めてお願いします。……父と国を助けるために、力を貸してください」

「……」

 しん。再び静かになった室内で、エルハは頭を上げない。散々戻ることを拒否し続けた場所を、今度は助けて欲しいと願っているのだ。呆れられても仕方がないと思う。

 ヘクセルやイリス、ノエラはノイリシア王国しか知らない。イリスは外交の場に出ることもあろうが、ソディリスラの残酷なまでの自由さは知らないだろう。

 そのことは、リンたちにも言うことが出来る。彼らは反対にソディリスラしか知らないのだから。外からやって来て内に入り込んだエルハとは、どちらも違う。

「―――くくっ」

「ははっ」

「ふふっ。なんだ、そんなことかよ」

「……え?」

 抑えた笑い声と克臣の呆れ声が聞こえて来て、エルハは硬直した。ばっと頭を上げると、リンやジェイス、克臣たちが可笑しそうな顔をしてこちらを見ている。彼らの反応の意味が図れずに呆然としたエルハの肩を持ち、ぐいぐいと揺らすのはサラだ。

「エルハッ」

「エルハさん、みんな最初からそのつもりなんですよ。リンもジェイスさんも克臣さんも、わたしも」

 晶穂がくすくすと笑いながら言う。リンと目を合わせて頷き合う姿は、心の通じ合った関係性を示すようで微笑ましい。

「俺たちは、もとよりエルハさんの家族だから、故郷だからという理由で協力しているんですよ。ノエラのことがあったとはいえ、元気なことは確かめたんですからその時点で帰っても良かったんです。それでもみんな残ったのは、何よりもあなたがいたからですよ」

 リンがエルハに近付いて、不器用に微笑んだ。見ればジェイスも克臣も頷いている。

「……そっか」

 ありがとう。エルハは目元を赤くして、ようやく感謝を口にした。

 しんみりとした空気が支配する。それを破ったのは、ジェイスの「さて」という言葉だった。

「再出発、という形かな。クラリスさん、融くん。ネクロと直接会うにはどうしたらいいんでしょうか?」

「会うって……。元凶に会うというの?」

「ええ」

 驚くクラリスに、ジェイスは平然と頷いた。

「そろそろ会いに行って、わたしたちとの敵対関係を明らかにしておきたいんですよ。向こうも、そろそろ仕掛けてこないとも限りませんからね」

「……相変わらず、悪い顔してんな。ジェイス」

「そんなことないよ、克臣」

 やれやれという顔の幼馴染に、ジェイスは苦笑で返した。その表情に黒いものが混じっている気がしたのは、きっとリンの気のせいではない。

「ネクロは、最近王宮には出仕してきていないですよ。来ても、数時間でいなくなります。会うのなら、自宅が良いのではないですか?」

 融が肩をすくめて提案した。彼の梟・ノアを使い、何度かネクロを空から尾行させたことがあるという。その際、彼が全てで立ち寄った場所が、自宅以外にもう一つ。

「……彼の自宅の他、もう一つ上げるのなら、その傍にある館でしょうね。何をしているのかは知りませんけど、ノアによれば数時間から半日そこで過ごすこともあるようですから」

「融さんは、ノアの言っていることがわかるんですか?」

 動物の言葉がわかるのか、とリンは素直に驚いた。獣人であればその血によって、犬や狼、猫の気持ちが何となくわかるということはある。実際、唯文は商店街の飼い犬に懐かれているし、サラは野良猫と半日昼寝をしていた。

 しかし、古来種の血を引く融の場合は違う。何か秘密があるのかと、リンは興味が出たのだ。

「わかる、というほどのことじゃない。ノアの首輪に発信機と小型のカメラをつけているんだ。そこから解析して、割り出している」

「融とノアは、それこそ幼馴染みたいなものだからね。幼少期に森で怪我をしていたのを拾って看病したら懐かれたんだっけ?」

「ええ、そうですよ」

 クラリスの言葉に頷き、融は傍で羽繕いをしていたノアを呼んだ。ノアは音もなく飛び立つと、差し出された融の腕に足を乗せる。喉を撫でられ、気持ちよさげに鳴いた。

「明日、ノアを案内役として貸します。おれとクラリスは顔を知られていますから、リンたちだけの方がまだ穏やかに話すことが出来ると思う。……だけど、十分に気を付けて」

 相手は融を暴走させたノエラ誘拐未遂の首謀者であり、何よりも毒という違法魔力の使い手だ。用心し過ぎるくらいが丁度いい。

「ええ。これで向こうが諦めてくれれば、それで解決するのですけどね」

 そんな都合の良いことにはならないとわかり切っていながら、リンは融の言葉に苦笑を返した。

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