第261話 融の話

 生まれた直後から高熱で泣き叫んだらしいという逸話があるほど、融は体が弱かった。

 幼少期も事あるごとに風邪をひき、満足に外で遊ぶことも出来なかった。だから、同い年の友だちなどいなかったのだ。

「……また、日が沈んでいく」

 寂しいなどという感情はなかった。それを知らなかったから。毎日ベッドの上で日が沈むのを見ていた。

 自分が古来種の血を引いていると知ったのは、ただ一人の血縁者だった母が亡くなった後のことだ。とある旅人が、河原で一人寂しさに耐えていた融に声をかけてきた。

 旅人は名乗らず、今も名を知らない。しかし、彼は古来種を知っていた。

「お前、古来種の子どもか?」

 第一声がそれだったと記憶している。後に彼が異世界の人間だと知ることになるが、言動や話の内容がこの世界の人ではない気がしていた。

 融の水色の髪と紫の瞳を覗き込んで、古来種がもう一人の女神と創造主から生まれたという話をしてくれた。本の知識だけでなく人から聞いたことによって、融の中で物語が色づいた。

 その頃だっただろうか。自分が超能力と巷で言われる力を使えると気付いたのは。

 最初は小さなものを動かせるくらいだったが、次第にその大きさは大きくなり、距離も長くなった。

 重い風邪をひいていても、指さえ動かせれば水の入ったコップを手元に持って来ることが出来た。

 いつしか、念力を拳大に固めて飛ばすことが出来るようになった。更に、それを破裂させて、衝撃波を撃つことも可能になった。

 ゆっくりと融の力は開花し、やがて瞬間移動の力を使って仕事をするようになった。遠くにある畑から作物を採ったり、深海の魚を捕らえて研究に使ってもらったり、小包を送ったりした。そうして稼ぎ、一人で生きていけると自信を持てるようになった。


 しかし、事態は一変する。

 古来種の末裔が一人だけ町にいる。その噂はいつの間にか広がっており、話は届いてはいけない人々にも届いてしまった。

 それは、ただでさえ伝説的な存在である古来種を研究対象としたいと望む集団だった。

 彼らは融の存在を目で確認した後、彼に依頼を持ちかけた。簡単な、とある荷物を届けて欲しいというものだった。

「わかりました。いいですよ」

 笑顔を自然に浮かべられるようになっていた融は、荷を受け取って念力を発動させた。その瞬間、依頼主の女が魔力を使った。火の魔力だった。

「やめろっ」

 融の制止にもかかわらず、炎は荷物に引火し、爆発を巻き起こした。

 幸い融は自らを瞬間移動させて怪我もなかったが、その代わりに高熱を発した。後で警察に聞いて知ったことだが、荷物の中身は人工ウイルスだったという。しかも宿主を開発した者が選択出来るという優れモノだ。

 開発者たる研究者は、ウイルスの向かう先を融のみに定めていたのだ。その方法は、今も不明だ。

 しかし、熱にうなされ動けなくなった融に異変が起こる。肌に発疹が出始め、やがてそれらは火傷のように痛みを発した。

 何日も痛みと熱さに浮かされ、熱がようやく引いた時、融の面差しは変わっていた。顔に火傷のような痕が広がっていたのだ。

「うあぁ……」

 顔が変わり、融はいつもフード付きの服を着るようになった。その美しい水色の髪を日の中にさらすこともなく、ただ目深にフードを被って下を向いて歩いた。

 依頼は減った。痕を怖がられ、町によっては石を投げられた。町を幾つも転々と移動した。

 その旅を始めた時、融はまだ十歳だった。

 これで最後かとたどり着いたのは、王都近くの小さな町だった。移動は難しくない。己の力を使えば一瞬だ。それでも、何度も移動を繰り返し、融は『移動』そのものに嫌気がさしていた。

「……どうせ、ここでも生きる場所なんてないんだ」

 わかり切っていることを呟いて、町外れの森にあった廃小屋で暮らし始めた。

 地元の人々との交流はせず、山や森で原始的な生活をした。獣を狩り、果実を得た。

 そんなある日、森に女の子がたった一人でやって来た。遊んでいるうちに迷子になったらしい彼女は、融を見付けて笑った。

「よかった、ひとがいた」

「おれを、人と呼ぶのか……」

「? あたりまえじゃない。ね、もりのでぐちをしっていたらおしえて?」

 彼女の願い通り、融は少女を森の外まで連れて行った。丁度そこに彼女を探していたらしい女がいて、融は礼を言われた。

「助かったよ。……全く、ヘクセル様はおてんばが過ぎる」

「クラリスがかくれんぼしようっていったんだからね!」

 クラリスという女性に叱られ、ヘクセルと呼ばれた少女はしおれていた。しかしタイミングを見てその場を去ろうとした融の腕を取って引き留め、こう言ったのだ。

「とおる、みやにきて! わたしを、かぞくをまもってほしいの」

「……え?」

「とおる、つよいでしょ? ねんりきのはどうで、てきをたおすところ、なんどかみたわ!」

 何故かドヤ顔で融を見つめるヘクセルに、融は頷かざるを得なかった。まさか彼女が国王の娘であるなどと、この時は知らなかったのだが。


 ヘクセルもクラリスも、同僚となったジスターニも、イリスもノエラも、融の素顔の痕の理由を知れば、全くそれについて言及することはなくなった。それでも初見では軽く驚くのだが。

 もう、あの研究者たちを怨みの対象として思い出すことはない。彼らとの事件がなければ、融はヘクセルたちと出会うことはなかったのだから。

 初めてだったのだ。何も聞かずに手を伸ばしてくれたのは。

「だから、晶穂に謝りたいんだ」

 晶穂と同じく素顔を見ても顔色一つ変えなかったリンに、融は頼み込んだのだった。

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