第259話 伝説の宝物

「まあ、座れよ」

 ジスターニに促され、リンたちは椅子に腰かけた。

 水を持って来ると奥に行ったジスターニを見送り、ジェイスは手のひらサイズのメモ帳を取り出した。そこにさらさらと要点をまとめていく。

「とりあえず、ネクロという人物が何を目的に動いているのか、それはわかったわけだけど」

「そもそも『神庭かみのにわ』ってのは、未踏の険しい山岳地帯だってことしか俺は知らねえぞ? ジェイスは違うのかよ」

「わたしもそれ以上の知識はないよ。……だけど、今回のそれは意味が違う気がする」

「その通りだ」

 克臣とジェイスの会話に入って来たジスターニは、人数分のコップを各人の前に置いた。中には透明な水が入っている。それを一口喉に流し込み、ジスターニは椅子を引いた。

「神庭。……神々が地上にいる人々の侵入を妨げるために構築したと伝わる、険しい山岳地帯の名だ。しかしノイリシア王国には、昔から別の伝説も伝わっている」

「神庭は、ノイリシア王国の北側ですよね。そこでソディリスラと隔てられている。でも別の伝説って何なんですか?」

 リンの問いに対し、ジスターニは奥から持ってきたらしい一冊の書籍を机の上に置いた。タイトルは『ノイリシアの伝説』という。

「学校の図書館にも置いてあるような有名な本だ。オレたちは、幼い頃にこの本に触れて伝説を学ぶ。……この中に、神庭に関するものが幾つかあるんだが」

「そう言って、ジスターニはページをめくった。彼の手が止まったのは、「神の宝物ほうもつ」という短い伝説のページだ。

 リンたちは促されるままにそれを覗き込む。リンは声に出して、その短い文章を読んだ。

「……『神庭には、この世界で最も強い宝が眠っている。それを手に入れた者はこの世を手に入れ、神さえも思い通りになるという。しかし、それを確かめる術を持つ者は存在しない』か」

「この世で最も強い宝? それを手に入れたらこの世が手に入るだって? 荒唐無稽もいいところだな」

 鼻で笑う克臣に、ジスターニは「笑いたくなるだろう?」と苦笑を浮かべた。

「だけどな、それを鼻で笑わなかった人物が何人もいたんだよ」

「それが、ネクロということですか?」

 ジェイスの言葉に、ジスターニは頷いた。右手を挙げ、人差し指を立てて「一人はな」と言う。更に中指と薬指を立てた。

「あと、二人?」

「そうだ。それがネクロの父親と、先代の国王だったんだよ」

 ネクロの父親は、既にこの世にいない。先代国王も土の下だ。

「ネクロの父親は、先代武官長カグロ・ウォンテッド。先代王の名はエストラル・ノイリシア。彼らは神庭にあるという宝物を探すため、軍の派遣すら視野に入れていたんだ」

「外からあの地域を見たことがありますけど、あれは人が分け入れるような道なんてなかったように思いますけどね」

 ジェイスは古来種の里へ行く際に臨んだ山脈を思い出し、そう言って眉間にしわを寄せた。人一人ですら通ることの難しそうな鬱蒼とした森林が続き、岩肌がのぞく上部はゴツゴツとしていて歩くのも難しそうだ。そして、山脈の頂上は雲に隠れて見えなかった。

 生き物の姿を見たという話も聞かない。そんな未踏の土地なのだ。

「まあ、そうなんだがな……」

 後頭部をかき、ジスターニは話し始めた。


 昔から、神庭は人の好奇心をそそる場所だった。だが未踏の地ということもあって、子どもは悪いことをすると「神庭に捨ててくるよ」と叱られたもんだ。それだけで、わぁわぁ泣いて謝るんだよな。

 恐ろしい場所、戻って来られない怖い場所という認識が刷り込まれていくんだ。

 オレが王宮に仕えるようになったのは、十五年くらい前からだ。その頃にはもう先代武官長も先王も亡くなって久しかったが、昔から仕えている古参の家臣から聞いたことがある。

 その人は「ここだけの話だが」と耳打ちしてきた。

 あれは、宮仕えに出て十年くらい経った頃だった。オレも古株になってきて、仲間の信頼も得られるようになっていたんだ。

「先代武官長の息子が、補佐官として宮仕えに出てくる。彼は親父によく似た男だと聞くから、気を付けてくれ」

「気を付ける? 何のことです」

 オレが尋ねると、その人は顔を伏せがちにして言った。

「……先代武官長は、先王と共に神庭に進軍しようとなさっていたのさ。あの先に、この世を統べる宝物が眠っていると信じて。誰も成しえなかったことを、自分たちでやってやろうとなさったんだ」

「『この世を統べる宝物』? そんな神様みたいなもの、あるはずもなければ出来るはずもないですよ」

 バカバカしいと話にふたをしたかったが、そうはさせない圧力を目の前の男から感じざるを得なかった。

「大抵の人は、子どもの頃にその伝説を知り、ただの伝説だと本気にはしないだろう。……だが、この国は裏では他国と停戦中だ。それは、ジスターニも知っているだろう?」

「ええ。……でも停戦協定が結ばれたのは、それこそ先王の時代ではありませんか? 現王は、それを終戦協定にしようと交渉なされていると聞きましたが」

「その通り。そして現王は、先王の遺言を一つ無視した。ネクロは、それを許せないと憤っているんだよ」

「遺言?」

 それは何かと尋ねれば、その人は一層声を低めた。

「……『神庭に進軍せよ。この世を統べる宝物を手に入れて、世界を手に入れろ』。ネクロは同様の遺言を亡き父親から受けているらしい。彼が怪しい実験を繰り返しているという噂も聞く。……お前は、王族に直接使える近衛だろう。十分に気を付けろ」


「そんな噂、とオレは最初は信じなかった。だがネクロは、宮仕えに出てから悪い噂しかない。オレはクラリスや融と共に少しずつ奴の周辺を調べ始めたんだ」

 その結果が、現在の彼らの行動につながっている。ネクロを追い詰め、現王の病を治すために。

 ジスターニの話を聞き終わり、リンは息を吐き出した。

「聞いておきたいことがあります。……現王は、その神の宝物を得たいと願っておられるんですか?」

「否、だ」

 間髪を入れず、ジスターニは否定した。

「王は、シックサード陛下は、平和を愛する賢王だ。神庭は、神が住まう聖なる場所。そこを侵そうなどと考えるはずがない」

「……なら、止めなければなりませんね」

 方針は定まった。

 リンとジェイス、克臣は頷き合う。

 ネクロが神の宝物なるものを本当に手に入れれば、彼らの故郷であるソディリスラも危うい。これは、ノイリシアだけの問題ではないのだ。

「戻りましょう」

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