第256話 フードの下の顔

 翌日。リンたちがジスターニと共に出掛けると、外宮は静かになった。

 昨晩のうちにジスターニと顔を合わせた晶穂は、リンと同様に謝罪されて受け入れた。ヘクセルのやり方は強引だと思うが、その裏にあった家族を思う気持ちは大切にすべきだと晶穂は思う。

 昼下がり。今日の分の勉強を終えたノエラは、現在サラと庭に作られた花壇を見ている。季節に関係なく何かが咲いているという広い花壇は、今も雪のように白い花や、バラのような何十にも重なる花弁を持つ花などが咲き誇っている。

「綺麗だねぇ。ノエラはあの花の名前、知ってる?」

「えっとね~……」

 のんびりとした時間が流れる。晶穂は二人から少し離れ、融が控える木陰に向かった。そこには羽繕いをするノアもいて、晶穂に気付くと「ほぅ」と鳴いた。

「融さんは、向こうには行かないんですか?」

「おれは……眩しい所は苦手だから、ここでいい」

「そうですか」

 それきり、会話は途切れる。融は晶穂が諦めてノエラたちの方へと戻ると思っていたが、反対に彼女は融の近くに腰を下ろした。丁度、ノエラ一人分の距離だ。

「風が気持ちいいですね」

「……なんで、ここにいるんだ?」

 すすす、と人一人分余計に距離を取り、融は目深に被ったフードを更に手で下ろしながら問う。すると晶穂は、きょとんとした後に「だって」と微笑んだ。

「融さんも、仲間じゃないですか。だから、話してみたいと思ったんですよ」

「仲間……」

「そうです。クラリスさんもジスターニさんも。イリス殿下もヘクセル姫様も、ノエラも。立場の境遇も違いますけど、今はもう仲間です」

 ノエラをめぐるごたごたで、融たちとは敵になるかと危惧した。しかしその裏には、ヘクセルの想いが隠されていた。数日の時が流れただけで、関係性は大きく変わる。

「……」

 融の表情は全く見えない。しかし晶穂には、彼のわずかに見える唇が弧を描いているように見えた。




 ―――トプンッ

「まずは、小手調べ。テンプレートにのっとって、誘拐から始めようか」

 男は嗤い、指を鳴らした。

 水音が響き、契約者を呑み込む。男と運命を共にすることを選んだ契約者たちを。

 計画は、自分一人のためではないと、男は知っている。親の代から紡がれてきた、運命とも思える壮大な計画。その実行と成就のため、犠牲が必要だった。




 少し冷ややかさを持つ風が、晶穂の頬を撫でていく。しかし寒いということはなく、カーディガンのあわせを閉じるだけでも耐えられた。

「融さんは、いつからヘクセル様に仕えているんですか?」

 あまりじっと見るのは失礼かと思い、晶穂はノエラたちに目を向けながら隣の青年に問う。少し考えるそぶりを見せた後、融は口を開いた。

「もう、六年になる。おれが十五の春だった」

「何故か、聞いても?」

「それは……」

 言い淀む融の言葉を辛抱強く待つ気でいた晶穂は、急に風が変わったことに気付いて戦慄した。当然、融もそれに気付き、いつでも走り出せるように立ち上がる。

「ノエラ! サラ!」

「晶穂? ……?!」

 サラの耳がびくりと震える。「おねえちゃん……」とノエラがサラにしがみつく。きゅっと抱き締め返し、サラは自分たちの周りを囲む紫色の塊を凝視した。

「あれって……」

「お前んとこの団長が言ってたのは、これか」

 息を呑む晶穂と奥歯を噛み締める融。それぞれ反応は違えど、走り出したのは同時だった。

 晶穂は自分の中から氷華を呼び出し、その矛を振り抜く。丁度、紫の液体がこちらに飛んできたのだ。ベチャ、という不快な音をたててそれは地面に落ち、触れた場所を腐食させた。

 美しい緑が枯れ草へと変わる。更に黒く染まり、消し炭のように消えてしまった。

「!」

「あれに触れたら不味いな……っと!」

 間一髪のところで躱した融は紫の塊の一つに狙いを定め、右手の中指を親指で弾いた。

 ───パンッ

 そこから放たれた念力が、弾丸となって穿つ。穴が空いた部分からは、生身の人の姿が見えた。こちらを振り返って驚いている。すぐに穴は塞がったが、他の塊の中にも人がいる可能性が高い。

 融は小さく舌打ちをすると、ぐっと拳を握り締めた。

「テレポート……。あんな大人数、どんだけ強い力なんだよ」

「考えるのは後だよ! ノエラとサラを助けないと」

 晶穂はそう叫ぶと、紫の攻撃をかいくぐってその中心に近付く。もう少しでこちらに手を伸ばすサラの指に触れる、その時だった。

 ───バシュッ

 突然解体された紫の塊の中から、何人もの男女が姿を現した。その中で最も晶穂に近い場所にいた男が、晶穂を狙ってグローブを着けた右手を突き出した。

「───かはっ」

「融さん!?」

 地面に転がりゲホゲホと咳き込む融に駆け寄り、晶穂はその背をさすった。男の拳が晶穂に届く直前、融が身を投げ出して助けてくれたのだ。

「すみません、わたし」

「───けほっ。仲間、だからな。助けるのは当然だろ」

「……ありがとう、ございます」

 素っ気なくも、融は優しい言葉を口にした。仲間として認めてくれたのだと嬉しくなり、晶穂は目を細める。

「ふん……。そんなことより、さっさと片付けるぞ」

 照れ臭くなったのか顔を背けたまま、融は即座に立ち上がった。更に軽く首を傾けて飛んできた矢を躱す。敵側の女の一人が放ったもののようだ。

「あっ」

 矢の勢いでフードが取れ、融の素顔が露わになる。

 水色の短髪に、紫の瞳。しかし左目は、白濁としていて見えてはいないようだ。

 更に顔には火傷のような痕が広がり、融の顔は羞恥で赤く染まる。

「───っ、見るな!!!」

「とお───っ」

 晶穂は融の名を呼ぼうとしたが、風の強さに自分が飛ばされないように耐えることで精一杯になる。

 融を中心に念力の波動が広がる。それは激しい嵐のように荒れ狂い、周り全てを薙ぎ倒す。

 紫の塊に守られていた者たちもその衝撃に耐えきれず、次々に姿を消した。ノエラを狙うことよりも、身の安全を優先したのだろう。

「とおるっ!」

 ノエラの声も届かず、波動は何処までも広がっていく。風の向こうに、クラリスが走ってくる姿が見えた。

 しかし融を中心に円状になった中は、結界のように他を寄せ付けない。

(このままじゃ、いけない)

 このまま念の波動が広がり続ければ、外宮の庭のみならず、宮下町や王都ですらも木っ端微塵になりかねない。事実、半径一キロ程の範囲は木も草も薙ぎ倒され、暴風に合った後のような有り様だ。

 晶穂は己の中にある神子の力に呼び掛け、それを解放した。

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