第255話 協力を
「僕たちは、二手に分かれます」
エルハの声が響く。皆が彼の言葉を待っていた。
「一つは、王宮にてネクロ一派の行動を監視し、動きがあれば報告する役割。もう一つは、王に手を下されることのないよう、裏で敵を排除する役割」
「前者は王宮に顔が知られているのが当然であるイリスさんとヘクセル姫、クラリスさんたちが適任でしょう。後者は俺たちが務めますよ」
リンの言葉に、ジェイスが付け加える。
「そうなれば、外宮が手薄になりかねない。ここにはノエラ姫もいるのだから、彼女を相手が人質に取らないとも限らないだろう。クラリスさんと融くんには、これまで通りに外宮にいてもらうのが賢明だと思うよ」
「それは、アタシも賛成だ。幼いが
「おれも同意。荒事は、得意じゃないから」
クラリスと融の同意を得て、三つに分かれて行動することとなった。
その時、イリスから電子音が鳴り響いた。どうやら彼を探す王宮の誰かからの連絡らしい。王太子の仕事を一部放置してきたからね、とイリスは苦笑いした。
「申し訳ないけど、わたしは一度席を外すよ」
王宮に呼ばれて外宮を出たイリスを見送り、リンは晶穂を振り返った。
「晶穂、きみは外宮に」
「そう言われる気がしてた。……必ず、ノエラを守るから」
「ああ」
寂しげに揺れる晶穂の瞳に気付かないふりをして、リンはエルハの姿を探した。
「サラ、外宮を頼んだよ」
「エルハ、気を付けてね」
サラはエルハと指切りをしている。リンが適当なタイミングで声をかけると、彼はサラと離れてこちらへとやって来た。
「どうしたんだい、団長」
「いえ、エルハさんはどう動くのかと思いまして」
「僕?」
自分を指差し、エルハは苦笑した。
「僕は、イリス兄上やヘクセルと共に王宮を調べるよ。折角エスコッドという名を貰ったからね」
エスコッドとは、イリスと会うためにヘクセルがつけたエルハの偽名だ。
微笑むエルハの表情の中に複雑なものを感じ、リンは心配を口にした。
「大丈夫、なんですか?」
「今のところはね。ただあまり僕を知る人には会いたくないから、偽名と変装を解くつもりはないよ」
勿論、王を含めてね。寂しげにも諦めにも、達観にも似た表情がエルハの中にある。それを全て理解し取り除くことは、本人でない限り不可能だろう。
眉を寄せるリンの眉間を、エルハがデコピンした。
「痛っ」
「……僕の心配をしてくれるのは嬉しいけど、きみは自分のことも心配しなよ、リン。きみは、きみだけのものではないんだから」
「その言葉、そのままお返ししますよ」
眉間をさすりながら、リンはエルハに言い返した。
リンとジェイス、克臣は、クラリスと融の同僚であり、ノエラを連れ帰った三人目の男のもとへと向かった。クラリスたちによれば、彼が三人の中で最も腕がたつと言う。
「そういえば、俺とも鉄の棒で戦ったんですよね」
「鉄の、しかも棒か! なんか、筋骨粒々としてそうな奴だな」
彼との戦いを思い出していたリンの言葉に反応し、克臣がパキパキと指を鳴らした。そんな好戦的な幼馴染に、ジェイスがストップをかける。
「わたしたちは彼に会いに行くのであって、戦いを挑みに行く訳じゃないからな?」
「そんなことくらいわかってるよ。少しは俺を信用してくれよ、ジェイス」
「その指を解いたら信じてあげるよ、克臣」
両手の指を組んで鳴らす克臣に嘆息し、ジェイスはやんわりと彼の指を離させた。
「……それで? そのジスターニ・アルファルトって男は何処にいるんだ?」
「クラリスさんによれば、外宮内にある訓練施設にいるだろう、と……。あ、ここか」
リンが立ち止まったのは、庭の一角にある大きな体育館のような建物の前だ。日本で言うところのジムのような趣きがある。
実際、ここは軍の訓練施設を模して造られ、一部の使用人たちがここで汗を流したり、本式の訓練を行なったりしているのだと言う。
リンは玄関で受付に、ヘクセルの命でジスターニという男を探しに来たと説明した。すると心得ていたのか、彼女はすぐにジスターニがいるという二階の部屋を教えてくれた。
「ここ、ですね」
階段を登り、廊下を歩いた。その先にあったのは、堅固な鉄の扉である。この向こうでジスターニが日々の訓練をしているのだそうだ。
リンはトントンと戸をたたき、ジスターニの言葉を待った。
「誰だ?」
「俺は、リン。ヘクセル姫の命で来た。……覚えているか?」
ソディリスラの商業施設で会っただろう。そう言うと、向こう側で舌打ちが聞こえた。
そして、ひとりでに戸が開く。そこにいたのは、克臣が言った通りにがたいの良い一人の男だった。
右肩に包帯を巻く彼は、間違いなくあの日にリンと対峙した男だ。一瞬鋭い目付きをしたものの、男はそれを瞬く間に隠してしまう。
「ジスターニ・アルファルトさん、ですよね?」
「ああ、そうだ。あの時は、ヘクセル様の命とはいえ、悪いことをしたな」
「いえ、俺の方こそ。……肩は痛みますか?」
「痛みはない。ただ、痕が残るだけだ」
そう言いつつも、ジスターニの表情は少し痛みを伴っている。リンは申し訳ないなと思いつつも、あの状況ではそうするしかなかったと回想した。
「さて、と。話は済んだかな」
睨み合う二人の間に入り、ジェイスが問う。
「ジスターニさん、わたしたちに協力してくれませんか?」
「協力? オレは同僚にも筋肉脳と言われるほどには、頭がよくない。それでもいいか?」
「勿論。……今は、野性的な勘が必要です」
そう言って、ジェイスはジスターニにイリスの言葉を伝えた。ジスターニがリンたちの要請を受け入れたのは、言うまでもない。
曰く。
王を救うため、リンたちに協力してほしい。
それだけだ。
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