第252話 紫の

 ───ガキンッ

「……へっ。やるじゃねぇか」

「お前などに、簡単にやられはせんわ!」

 克臣の剣を屋根から剥ぎ取った厚い木の板で防ぎ、ゴウガはニヤリと笑った。剣の力で真っ二つに板は割れ、防御力は既にない。

 一度距離を取り、克臣は体勢を立て直す。この男を無力化し、なおかつ抵抗する力を失わせるにはどうすべきか。

(とりあえず、足の骨でも折っとくか?)

 物騒なことを頭に思い浮かべつつ、再び接近戦に持ち込む。ゴウガも自分の得物である棍棒を克臣に向け、それを振りかぶった。

 二つの武器がぶつかる、まさにその時。

「!」

 克臣は下から気配を感じて、咄嗟に飛び上がった。ゴウガは気付いていないのか、勢いそのままで突っ込んでくる。当然、棍棒の先に克臣の姿はない。

 ゴウガの体を、屋根から湧いて飛び出した紫色の液体が包む。そのおどろおどろしさに、克臣は戦慄した。何故か、隙間から見えたゴウガは落ち着いた顔をしている。

「何だ、あれ……」

「わ、わかんない」

「もしかして、あれは……」

 その光景を見ていたのは、克臣だけではない。少し離れた地面の上にいるリンたちも、紫色の何かを見ていた。

 ぞっと鳥肌を立てた晶穂が、リンの服の裾を握った。彼女の手を上から包むように握り、リンは思い当たる節がありそうな呟きを漏らしたジェイスを見上げる。

「ジェイスさん、『もしかして』とは……?」

「ああ。もしかしたら、あれは違法魔力なんじゃないかと思ったんだ」

「あれ、が?」

 紫の液体はどろどろとうごめき、いつしか溶けるように屋根に吸い込まれて行った。

 屋根に備え付けられた煙突の上に着地し、克臣は呆然と呟いた。

「……何だったんだ」

「克臣!」

 自分の名を呼ぶ声に振り返れば、地上から自分に向かって手を振る仲間たちがいる。ほっと息をつき、克臣は再び跳んだ。

「無事だったか、三人とも」

「それはこっちの台詞ですよ、克臣さん」

 克臣の変わらない様子に安堵したリンは、何があったのかと彼に尋ねた。

「俺とゴウガが屋根に上がるまでの顛末てんまつは?」

「わたしが話した」

「じゃあそれから、か。とはいえ、ただ戦っていただけなんだけどな」

 克臣は、いつ屋根が崩落するかとヒヤヒヤしながら大剣と棍棒でせめぎ合っていたことを話した。そして、突然現れた紫色の何か。それに包まれたゴウガは、驚くことも焦ることもせずにそのまま吸い込まれて行ったのだ。

「あれ、何なんでしょうね……?」

 思い出したのか、ぶるっと体を震わせた晶穂が問う。彼女の問いに対する明確な答えを持つ者はいない。

「明白な答えはないけど、違法魔力に関わる何かであることは間違いないだろうね」

「俺もそう思います。ネクロという男が放ったのかもしれません。ひとまず目的は達しましたから、外宮へ戻りましょう」

「賛成。何か、ここは気味が悪いや」

 克臣も晶穂同様に腕をさする。

 四人はジェイスのポケットに契約書が仕舞われていることを確かめた後、廃村を後にした。




 コポリ……ゴポッ

 地面から湧いて出た紫色の液体は、膨れ上がって人の形になった。それから液体が溶けるように流れ落ちる。

「いやはや、助かりました。感謝致します」

 肩をコキコキ鳴らしながら現れたのは、ゴウガであった。彼の周りには先程と同じように紫の液体が幾つも膨れ、それぞれが彼の配下を出現させる。どれも気絶しているのだが。

 ゴウガはすぐさま頭を垂れると、目の前に立つ男が口を開いた。

「危うかったな」

「ええ。もう少しで骨の一つでも折られるところでしたよ。流石ですね」

 エルハに落とされた右腕のあった場所を左手で指差し、ゴウガは苦笑した。

「……褒めようと、何も出ないぞ」

「そんなことを頼みはしませんよ」

 男の影のある仏頂面に対してヒッヒッと笑い、更にゴウガは表情を改めた。深く腰を折る。

「あなた様に謝罪しなければなりません。契約書を持って行かれてしまいました」

「あれは……ヘクセル姫らのもとへと渡ったか」

「───はっ」

 男は嘆息し、仕方あるまいと冷ややかな声で言った。どうやら、ゴウガたちを罰するつもりはないらしい。内心ほっとするゴウガから視線を外した男は、一人ぶつぶつと呟く。

「いずれ、遅かれ早かれバレていただろうからな。……こちらも、反撃の支度をせねばなるまい」

 身を翻し、男は靴音を響かせて去っていった。「次の指示を待て」という言葉を残して。

「───はっ」

 ゴポリ。戸の向こうで、男の魔力が発現した気配があった。その後すぐに男の気配がかき消える。

「王宮に戻られた、か」

 ゴウガはその場に立ち上がり、周りを見渡した。どつやらここは、王宮内ではない。見覚えのある、王都の端に位置する隠れ家の一つだ。

 普段男の魔力に寄って呼び出される際は、王宮の端にあてがわれた彼の自室か離れ屋と相場が決まっていた。そうではないということは、王宮で彼に対する風あたりが強まったか。

(もしくは、オレたちと協力関係……否、主従雇用関係にあることが露見しつつあるか、だな)

 どちらにせよ、ゴウガがすべきことは一つだ。彼に見捨てられないよう、守らなくてはならない仲間を護ることが出来るよう、彼について行くだけのこと。

「おい、起きろ。キリス、お前ら」

 側近であるキリス以下、仲間たちの体をを乱暴に揺する。呻き声を上げて順に起き上がる彼らに、ゴウガは命を下した。

「行くぞ。───仕事だ」

 どうせ、彼はすぐに命令を送って来よう。その前に、本業の方を一つ一つ片付けなければ。

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