第251話 契約書のありか

 周りが盛り上がる中、克臣は比較的冷静に隣に向かって話しかけた。

「ジェイス、俺たちを肴にするんだとさ」

「らしいね。……けど、それを提供してやる義理はないだろ」

「違いねぇな」

 二人は笑い合い、その様子は男たちを不思議そうに見た。そして、キリスと数人が顔を赤くして怒り出す。

「何が可笑しい!?」

「いや、悪いね」

 笑いながら、克臣は大剣を構えた。傍ではジェイスが小さなナイフを生成する。二人は同時に、跳躍した。

 口をあんぐりと開ける男たちの頭上を飛び越え、軽い動作で着地する。ここの天井、高くてよかったなぁと克臣が笑う。

 その笑みに威圧感が加わり、チャキ、と剣が鳴った。

「悪いけど、俺らは帰らなくちゃなんねぇんだわ。退いてくれるか?」

「……ふざけてんなよ。ここはオレたちのアジトだ。退けと言われて、はいそうですかなんて言うと思ってんのか?」

 右腕のない男が、左手に掴んだ棍棒を振り上げる。天井から釣り下がった照明器具にあたり、パリンと音をたてる。パラパラとこぼれ落ちていくガラスを浴びながら、男はニヒルに笑った。

「オレの名は、ゴウガ。悪賢い貴族どもから金品を巻き上げ、貧しい思いをしている人々に必要なものを提供する、義賊だ!」

「本物の義賊は、自分でそんなこと言わねぇんだよ!」

 振り下ろされる棍棒を横っ飛びで躱し、克臣はそう返答した。右の影から出てきたゴウガの部下を踏み台にして、更なる跳躍を試みる。

 しかし、その上は天井だ。ゴウガは冷笑を浮かべた。

「バカめ! その上に空間など……!」

「ないなら作りゃ良いだろうがよ」

 克臣は鼻で笑って、愛剣で天井を凪払った。剣擊により、天井板や柱が音をたてて吹き飛ぶ。

 夜風に舞う木片の中、克臣は屋根からゴウガを挑発する。中指を曲げ、誘ってみる。

「来いよ」

「───このっ」

 ゴウガはそのがたいからは想像もつかない身軽さで破れた天井板に手を掛けると、一気に体を引き上げた。

「ジェイス、残りは頼む!」

「そうなると思ってたよ」

 やや諦め気味のジェイスは、右手を挙げてヒラヒラと振った。その仕草を了解と受け取り、克臣は視線を目の前の大男へと向けた。

 もう、下を気にする要はない。

 ギシギシッと屋根が悲鳴を上げる。ゴウガの重量に耐えようと必死なのだ。

「あんたさ、太りすぎじゃね? 筋肉もそんだけあったら普通はこえぇよ」

「……冗談を言っていられるのも、今のうちだぞ」

「心配すんな。───時間をかけるつもりはない!」

 大剣と棍棒がかち合って、火花を散らした。

 二人の戦闘音を下から聞きながら、ジェイスはキリスを中心とする部下十数人を相手取っていた。

「全く、下の面倒な掃除をわたしに任せるなんてね」

 ジェイスは自分の手の中に数十本の空気中から創り出したナイフを忍ばせ、敵を睥睨した。

 克臣によって天井が破られ、風通しが格段に良くなった。顔にかかる銀の髪をうるさげに払いのけ、ジェイスはキリスたちの方へ一歩踏み出す。

「わたしたちは、目的を既に達している。戦わずにこの場を去ることも出来るけど?」

「目的、だと?」

 キリスが胡乱げな瞳をこちらへと向けてくる。ジェイスは「そうだよ」と微笑むと、ポケットから一枚の書類を取り出してキリスに見せた。

 それが何かを理解した瞬間、キリスの顔色が変わる。

「お前っ、それを何処で……!」

「何処で? そんなの、きみの方が知っているだろう。わたしたちは、ネクロときみらのつながりがわかればひとまずは良いのだからね」

 丁寧に紙を畳み、ジェイスはそれを胸ポケットに仕舞った。焦燥を顔に貼り付けたキリスが、そのゴツゴツとした手をジェイスの方へと差し出した。

「返してもらおうか。その契約書を」

「───嫌だと言ったら?」

「力ずくで奪うまでだ!」

 キリスの号令で、男たちがジェイスに殺到する。しかし天井をぶち抜いたとはいえ、狭い部屋の中のことだ。彼らは互いが邪魔で自由に動きづらい。

 対して、ジェイスは家具や柱を利用して空中を移動する。翼を使っても良いのだが、この室内という環境下でそれは邪魔だ。

 一人の背後に回り込み、その襟を後ろから引き地面に倒す。ダンッという音に驚いた周辺の男たちがこちらを向けば、彼らをナイフで適当な家具や壁に磔にする。

 ジェイスの意図は、敵の殲滅ではない。あくまでも、彼らの無力化だ。圧倒的な力量差を見せ付けて、今後一切こちらと戦うということのないようにする。

 今回のとりあえずの親玉は、克臣に任せておけばいい。命を奪わない程度でとどめてくれるだろう。

 ジェイスも克臣も、己の力を過信しているわけではない。嫌みでも何でもなく、ただ今回の相手は自分たちよりも力が下だと感じているだけだ。

 実力がある者が、実力の伴わない者を必要以上に痛め付けるのは、ただの苛めだ。互いの力を理解した上で、折り合いをつけなければ。

 しかしそんな思いも、相手からすれば自分を過小評価しているように映って腹立たしいと感じられることもある。

「おい! ちゃんと戦え!」

 キリスたちは、そちら側の人である。

 ジェイスは磔になりわめく彼らの声にため息をつくと、弓と矢を創り出した。引き絞り、一点目掛けて放つ。

 ───カッ

「ひっ……」

 キリスが悲鳴を上げ、脱力する。彼は床に縫い付けられていたが、ジェイスが床と平行に真っ直ぐ放った矢が自分のこめかみの横に届くなど思いもしなかったのだろう。しかも、その矢は見えない。

 弓を空気に溶かし、ジェイスは息を呑む男たちに向かって呟いた。

「どんな人々であろうと、彼女らにとっては大切な国民だ。それはわかっているんだけどね……」

 それから抜けた天井を見上げ、戸を開けて外に出る。彼の後ろ姿を見送り、誰も止める者はいなかった。

 相変わらず、屋根の上からは戦闘音と呼ぶべき金属音が響く。

 ジェイスが克臣に加勢すべきか考えていた時、彼を後ろから呼ぶ声があった。

「ジェイスさん!」

「無事ですか?!」

「リン、晶穂。二人とも怪我はないようだね」

 にこりと微笑み、ジェイスは走ってくる二人を迎えた。

「ジェイスさんこそ、よかったです……」

「克臣さんは何処に……」

 安堵の息を吐く晶穂に対し、リンはもう一人の兄貴分の安否を尋ねた。ジェイスは親指で屋根が落ちかけている屋敷を指す。

「あそこにいるよ」

 リンと晶穂が目をやると、丁度克臣がゴウガの頭上から大剣を叩きつけるところだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る