青年の過去
第250話 義賊のアジト
―――あなた方の言う暴漢は、きっとあの男ですわね。
ヘクセルたちの言葉に従ってリンたちがやってきたのは、王都から離れた廃村だった。
四十年以上も前のこと。現王の父親が若い頃の時代に反王国の派閥がその村を拠点とし、王国軍と激しい戦いを繰り広げた。村人たちは派閥の人々に懐柔され、協力して戦っていたが、最早これまでとなった時、派閥の者たちに王国への生贄として捧げられてしまったのだという。
一度は捕虜として王国に捕らえられて労働力にされた村人たちは、やがて解放された。しかし住むべき村は、戦いの決着がつく際に味方であったはずの派閥の者によって焼き払われている。行くべき場所をなくし、彼らの一部は放浪の旅に出、ある者は貴族の下働きとなった。
時代は変わり、戦はなくなり国は落ち着きを取り戻している。その頃のことを覚えている者も、語る者も少ない。
そうして誰もいなくなって久しいその村を、男たちはねぐらにしているのだとか。
「この先ですね」
リンは後ろから来ているジェイスと克臣、晶穂に呼び掛けた。
エルハとサラはヘクセルやノエラたちと共に外宮にいる。あちらも、敵に悟られないように情報収集をしなければならない。
夕闇が少しずつ空の支配領域を広げている。急がなければ帰る道がわからなくなってしまいそうだ。
森を進み、視界が開ける。リンの目の前に現れたのは、人が住まなくなって久しいと一目でわかるあばら屋数軒と、苔むした井戸だった。使われていないのだろう。道も草が生えて、石畳が乱れてしまっている。
「どうやら、やつらはいないようだね」
「義賊らしく、盗んだもんを分け与えに行ってるんじゃないか?」
「克臣、彼らのこと嫌いだね……」
突き放した物言いをする克臣に、ジェイスは呆れて苦笑した。正義感が強く曲がったことの大嫌いな克臣だが、更に嫌いなものがある。それは、己の力を誇示して己の正義を振りかざす者だ。
「今のうちに、やつらとネクロのつながりを見付けましょう」
リンの号令で、四人はバラバラに動き出す。
昼間の暴漢の名は、キリスという。配下を複数引きつれた親玉という風格を持っていたが、彼はリーダーではないとクラリスは言う。
「やつには、上がいる。それこそ暴力の権化のような荒れくれ者でね……。あいつがネイロのもとにいるのなら、厄介だわ」
そう言って、苦々しい顔をした。
今回のリンたちの目的は、キリスとその親玉たちがネクロの配下かどうかを確かめること。吐かせて無力化出来れば上出来だが、本人たちがいないのであれば証拠を押さえる必要がある。
「ネクロは、変なところで神経質だ。必ず文書という形で残しているだろうよ」
融の助言を得て、リンたちはその文書を探している。
「わっ」
「晶穂? 大丈夫か」
同じ家の中を探していた晶穂の悲鳴を聞き、リンは隣の部屋に顔を出した。するとその傍を蝙蝠が飛んで行く。そして、ぺたんと床に座り込んだ晶穂の姿があった。
「ご、ごめんね。変な声出して」
「蝙蝠が寝てたのか。その戸棚で」
晶穂の前には小さな棚があり、そこを開けていたらしい。運悪く、夜までの時間を休んでいた蝙蝠と鉢合わせたようだ。
「そうなんだ。起こして、悪いことしちゃったな」
気を取り直して立ち上がり、再び書類探しを始めた晶穂。その顔色が優れないように見えて、リンはその部屋に入った。
じっと晶穂の横顔を見ていたが、不意に彼女の傍らに片膝をついた。それに気付いた晶穂が目を瞬かせる。
「ど、どうしたの? 急に……っ!」
「熱は、ないみたいだな」
リンは晶穂の前髪をかき上げ、額に手のひらをつけた。真っ赤になって硬直してしまった晶穂に、リンは「顔色が悪いように見えたんだ。何かあればすぐに言えよ?」と言って部屋を出て行ってしまう。
「……。ばか」
熱を持つ額に自分の手を重ねて、晶穂はそう呟いた。
ジェイスと克臣がいたのは、廃村の中でも大きな建物だ。恐らく、キリスたちが主に使っている場所だと推測された。ちなみにリンと晶穂がいるのは、その隣の少し小さな宿屋のような建物だ。
「こっちにあいつら向かわせなくてよかったな、ジェイス」
汗臭い部屋をひっくり返しながら、克臣が笑う。その隣では丁寧な手つきで荷の仕分けをするジェイスは、手を止めた。
「男所帯の無法地帯なんて、何があるかわかったもんじゃないからね。遠ざけた方がいいだろう? まだあの部類のことは知る必要はない」
くすくすと手近に積んでいた紙類を見て、それをもとあった場所に戻した。
空き巣の真似事をしている自覚は全員にある。しかし、こちらには王女の許可という名目があった。
「まあ、あいつらは盗賊だからな」
ガタリと大きなタンスを引き開け、克臣は中を覗いた。
「おっ。これじゃないか?」
克臣が取り出したのは、この家にあるには不釣り合いなほど上等な紙だ。流れるような異国の文字が書かれている。
うんうん呻りながら解読を試みた克臣だったが、数秒でそれを放棄した。
「ジェイス、頼んだ」
「はいはい」
克臣が放り出したそれを手に取り、ジェイスは一気に目を通す。昔からドゥラのもとで学んできた彼は、異国の書籍も読めるように訓練していた。それを知っている克臣は、知らない文字に行き当たるとジェイスに頼るのだ。
「……うん、うん。克臣」
「あ?」
「あたりだ。持ち帰ろう」
ひらひらと紙を振って、ジェイスはにやりと笑った。確かにネイロのサインが刻まれていたのだ。
「よし、戻る……」
克臣が立ち上がりかけた時、外から男の大声が響いた。
「おい、飯にするぞ!」
「やばいな。早くリンたちと合流……!」
慌てた克臣が部屋を出ようとすると、細身の男と行き合った。男は驚いたものの、まじまじと克臣とその奥にいたジェイスを眺めた。
「何してんだぁ? ―――兄貴ッ、侵入者です!」
「何だと?」
ドスドスと、配下の言葉に反応した男のどら声が近付いて来る。ジェイスは書類をポケットに隠し、克臣と頷き合った。今は、この状況を切り抜けることが最優先だ。
「あいつらは、自力で何とでもなるだろ」
「同意」
現れたのは、大男だった。しかしそのガタイの良さ以上に目を引くものがある、右腕がなかったのだ。たくさんの配下を引き連れており、その中にキリスの青い顔もあった。
「兄貴、こいつら昼間のッ!」
「……なるほど、な」
パキパキと指を鳴らし、男は仁王立ちになった。そして、号令をかける。
「こいつらを肴に、飯でも食うぞ!」
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