第249話 敵の姿は朧げに

 突然現れたヘクセル。彼女の怒涛の喋りに辟易し、クラリスが彼女に呼び掛けた。

「ヘクセル姫様、お帰りなさいませ」

「クラリス。融もただいま」

 ノエラを見ていてくれてありがとう、とヘクセルは妹を抱き締めながら言った。ノエラは嬉しそうに姉に抱きついている。

「謹慎、思いの外解けるのが早くてよかったですね」

「ふふっ。反省文を既定の二倍書いて、更に見張り役を手なづけて早めに解放してもらったわ」

「……いや、ドヤ顔で言われても」

「融、冷たいわね」

 冷めた顔であしらわれ、ヘクセルはむくれた。何やら、表情のくるくると変わるお姫様だ。その後も融と援護のクラリスが加わって、ヘクセルのやらかしについての注意事項が延々と述べられていた。

「あ、晶穂っ」

 側近たちとヘクセルの話が盛り上がっている隙にと、リンは晶穂を呼んだ。

「え?」

「その……そろそろ離してくれ……」

「え。あ……ご、ごめんっ」

 きゅっとリンの腕を胸に押し付けるようにして抱き締めていた晶穂は、今初めてそれに気付いた。かあっと顔を染め、慌ててリンを解放する。双方真っ赤になってしまい、黙りこくる。

「……わたし、そんなつもりなくて」

「わかってる……」

 晶穂は自分が何故ヘクセルからリンを遠ざけなければと考えたのか、わかっていない。しかしその理由を、リンは見当がついていた。そして、それを内心嬉しく思ってしまう。

 自分のもやもやの意味がわからずに両手を頬にあてて眉を寄せる晶穂の肩に、サラの手が乗る。ニヤニヤしながら晶穂の顔を覗き込んだ。

「そそ。晶穂は妬いちゃっただけだもんね」

「妬く……?」

「うん。……団長のことが大好きだから、あの人近付かれて嫌だったんだよ。ね、団長?」

「……」

 膝に頬杖をつき、視線を逸らすリン。彼の手が、晶穂の膝に置かれた手をつかんでいた。

「……これで、あの時の俺の気持ちはわかったか?」

「あの時? ……あっ」

 リンの言葉で晶穂は、晶穂がエルハと共に帰宅した際に少しリンの機嫌が悪かったことを思い出した。あれは、エルハに嫉妬していたのか。

(わたし、鈍いなぁ……)

 笑うことすら出来ない。晶穂は自分に呆れ、ため息をつきたくなった。

 しかし、リンの手が熱い。その熱に彼も自分と同じ気持ちでいるのだと感じられ、晶穂のため息は治まった。

「……ありがと」

 小さく呟かれた感謝の意は、リンの耳に静かに染みて行った。

「お待たせしたわね」

 側近たちとの話を終え、ヘクセルは改めてノエラの隣に腰を下ろした。新たにメイドが運んで来たフレーバーティーを受け取り、一口喉に流す。

 落ち着くのを待ち、ジェイスが話を切り出した。

「ヘクセル姫、あなたは今の今まで自由ではなかったと聞いていましたが?」

「エルハルト兄上をこちらに呼び戻す計画を、ちょっと、知られてしまったから謹慎を命じられていただけですわ。……それから、丁寧な言葉づかいでなくてもいいですわ。ノエラと同じように話してくださいませ。ちなみにわたくしの喋り方は性に合っていますので、お気遣いなく」

「そう。じゃあ、普通に話させてもらうよ。……きみはさっき、ネイロという人の名を挙げていたけど、それはどんな人なんだい?」

「ネイロは、国の武官長の補佐。ネイロ補佐官が正式な呼び名となりますわ」

 真っ直ぐに真剣な目をして、ヘクセルは話し始めた。

「お父様とは十歳ほど年が違い、ネイロ補佐官の方が年下。そのせいか、お父様のことを年寄り呼ばわりして、軽んじる傾向にありますの」

 武官長が何度かたしなめたが、改められることは無かった。

 現王が政を司り始めて五年ほどの月日が経った頃、とある場所にて違法魔力が発現した。それは、周りに異臭なしの毒を撒き散らす危険なもの。当時の兵舎で起こった爆発により、何人もの兵が命を落とした。

 違法魔力とは自然に身につく魔力ではなく、人工的に作って人の体に植え付けるものを指す。その中には、人を傷つけることを目的にしたものも多いのだ。

 毒の違法魔力の保持者は、ネイロだった。

 本来ならば極刑も免れない大罪だったが、彼が誰かに植え付けられた上での暴走だと説明したため、監視付きの不問となった。

「監視の目は今も彼についていますわ。それでも、お父様は原因不明の病に罹られた。……わたくしは、彼が怪しいと踏んでいます」

 魔力を暴走ではなく制御して使いこなせるようになっていれば、誰にも気付かれずに王を病に伏せさせるなど造作もなかろう。

「違法魔力、か。そんなものがあるなんてな」

 リンが後頭部をかく。元々魔力を持つのは魔種だけだ。獣人は高い身体能力を誇り、人間は優れた頭脳を駆使する。それぞれが得意分野を持って生きてきた。

 ふと、ネイロと同じように人でありながら魔力を持っていた人々がいたことを思い出す。

「あ……」

 狩人のアイナとソイルがそうではなかったか。しかし、彼らに違法魔力を使っていたのかと確かめることは出来ない。もう、扉は閉じてしまった。

「―――仕方ない。王宮の中のことに関しては、俺たちには介入不可能だ。そっちの違法魔力の出どころ探しはそちらにお願いしよう。俺たちは、さっきの暴漢の件を何とかしようか」

「……協力、して頂けるということかしら?」

 まさか話が進むとは思っていなかったのか、ヘクセルが目を丸くする。拒否されるとでも思っていたのだろうか。リンは仲間たちを順に見て、彼らが頷くのを確かめる。エルハも「仕方ないな」と微笑んでくれた。

 ジェイスがユキたちに帰るのが遅くなる旨を伝えなくてはね、と端末を指差して笑った。サラもエルハの腕をつかんで、うんうんと頷く。

「エルハさんの故郷、家族が困っているんだ。それを放置するのは銀の華の流儀に反する、というだけなんだがな」

「よかった。―――ありがとうございますわ!」

「うわっ」

 がばっとヘクセルに抱きつかれそうになり、リンは思わずシールドを構築してそれを防いだ。

「一国の姫が所かまわず人に抱きつこうとするなよ……」

「失礼しましたわ。ちょっと、嬉しくなってしまったので」

 若干引き気味のリンに、ヘクセルは素直に頭を下げた。

「……」

 ヘクセルを拒否したリンの行動にほっとしながらも、晶穂は胸の中に黒いおりのようなものが積もるのを感じていた。

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