第247話 外宮の部屋

 ダンッダンッダンッ

「―――やり過ぎましたか?」

「いや、正当防衛だからねぇ」

 晶穂とサラを奪おうとした男たちは、一瞬にして地面を舐める結果となった。リンの蹴りとエルハの打撃によって。

 エルハは刀の柄の底のみを使い、サラに手を伸ばした者全ての鳩尾を突いていた。同様に、リンも晶穂を奪おうとした者の腹に一撃を叩き込むのに躊躇などない。

「お、お前ら何もんだ!?」

 指示していた男は、ぶるぶると震える体で地団太を踏んだ。怒りと驚きで、その声が荒くなる。

 じりじりとリンたちから距離を取っていた他の男たちも、その中から何人かが突然倒れ伏した。

「何事―――」

「甘く見てもらっちゃ、困るよな」

「先に仕掛けてきたのは向こうだからね」

 飄々と姿を見せたのは、克臣とジェイスだ。彼らは敵を素手で気絶させたらしい。

 思わぬ伏兵の出現に、男の顔色は赤から青、そして白へと変化した。ノエラたちもリンたちの共闘を初めて見たためか、動くことが出来ないでいる。

「くっ……そ。キサマら、何もんだ」

 太い指を握り締め、男が抑えた口調で問う。力を入れすぎた為か、血管が青く浮き出ている。

「……」

 リンが一歩前に出る。それにビクリとして、男が一歩後退した。

 表面上は冷静に。しかしながら険の宿る眉間には、確かな怒りが現れている。リンはビュンッとペンダントから変化させた剣を振るい、男の喉笛に突きつけた。

 ヒュッと男の喉が鳴る。

「……銀の華」

「ぎんの、はな……?」

「俺たちの名だ。お前たちが言う、ソディリスラの自警団。……こいつらは、俺の仲間だ。傷付けることは、許さない」

 喉を突くまで、あと数ミリ。リンの瞳が鋭く光った。

ね」

「……っ!」

 何かを言いかけたらしい男は、しかしリンの圧に屈して逃げ出した。捨て台詞を吐かなかったことは、褒められたことだろう。

「ふぅ」

 仲間も全てこの場を去ったことを確かめ、リンは息を吐いた。怒りの感情も一緒に外へと出してしまう。そうしなければ、晶穂たちと冷静に話すことが出来そうになかった。

「リン」

「……晶穂」

 光の加減か、晶穂の瞳が揺れているように見える。小走りに近付いてきた彼女は、リンの顔をじっと見た後でその額をリンの胸につけた。ほっとしたのか、晶穂はリンの熱を確かめるように彼の手に触れる。そしてじわりと心が暖まるような、ほのかにくすぐったい声で感謝を伝えた。

「ありがとう、守ってくれて」

「俺がしたかっただけだから」

 ドクンドクンという心臓の音さえも心地いい。リンは晶穂の頭を撫で、その体が汚されなかったことに安堵した。

「それにしても、乱暴だよな」

 克臣が嘆息気味に呟く。両手をパンパンとはたき、店主夫婦を助け起こしたジェイスを見た。

「ただの強盗、には見えなかったけどね」

「義賊ってか?」

 人を傷付けたり売り飛ばそうとしたりする奴らの何処が? としらけた顔で言う克臣は、ちらりと成り行きを見守っていたノエラたちに視線を投げた。

「知ってんだろ? あんたらは」

「───はい」

 緊張で震える手を握って、ノエラが頷く。その顔は、ただ甘えん坊の少女のそれではない。

「それについても、くわしくはげくうにておはなしします」

「……わかった」

 融が指笛でノアを呼び、クラリスが店主夫婦を店の中へと送り届ける。散乱した店の備品や商品の片付けを手伝った後、リンたちは再び外宮を目指した。


 外宮は、クラリスの説明通りの場所だ。

 季節の花々が咲き誇り、冬でも葉を落とさない広葉樹が生い茂る。落葉性のものは、美しく色を変えた葉を絨毯のように敷き詰めている。

 竜の形をした噴水の口からは、止めどなく水が空に向かって放たれていた。

 ようやく、外宮の建物へとやって来る。数人のメイドたちに迎えられ、ノエラは彼女たちに銀の華のメンバーを簡単に紹介した。

 ノエラの客だとわかるや、メイドたちはいそいそと何処かへ去っていった。クラリスによれば、お茶と菓子の支度をしに行ったのだと言う。

「こっちだよ」

 皆を先導するノエラについて行くと、廊下の奥に木の戸があった。廊下の両側には同じような戸が幾つも並び、一見すると違いがわからない。

 しかしよく見れば、目の前のそれの枠には、細かな装飾が施されていた。花や草をデザイン化したものだ。可愛らしく、一目で少女の部屋だと見当がついた。

 戸を開けると、天蓋つきの濃淡のある桃色で彩られたベッドが目を引く。その奥には小さな本棚と小物が入っているであろう箱、更に白いテーブルクロスがかけられたテーブルとソファーが鎮座する。

 部屋には大きな窓が設けられ、そこからは宮下の町並みが一望出来る。更に目を凝らせば、王宮も遠くに臨めた。

 ぼふん、とソファーに身を沈め、ノエラは手近にあったクッションを抱き締めた。

「皆さんもどうぞ。かけてください」

 クラリスに促され、リンたちは各々好きなようにソファーにかける。リンと晶穂はノエラに手を引かれて彼女の両隣に座り、右手にはジェイスと克臣、左側にはエルハとサラが腰掛けた。

 するとメイドが部屋の戸をノックし、飲み物とお菓子を持ってきた。この国でよく飲まれるという果物のフレーバーティーと、シンプルなプレーンとココアのクッキーが並ぶ。目を輝かせるノエラに微笑み、メイドは静かに部屋を出ていった。

「───さて、そろそろいいかな?」

 爽やかな柑橘系の香りを乗せた紅茶を一口飲み、エルハがノエラとクラリス、融を順に見る。クラリスと融はノエラの背後に控え、ノアは梟用の止まり木に落ち着いている。

「僕ら……正確には僕がこうも強行手段でこの国に呼び戻された訳とやらを、そして、先程の光景の意味を教えてもらえないかな?」

「勿論、です」

 深淵のようなエルハの瞳で見つめられ、クラリスが喉を鳴らす。そんな彼女を制し、ノエラは身を乗り出した。

「おとうさまを、たすけてほしいのです」

「……父う……いや、王を?」

 それは、エルハにとっても寝耳に水の話であった。

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