第245話 宮下の町にて
頑なに外宮へ戻ろうとしないノエラに、クラリスは頭をかいた。同僚を振り返って助言を求める。
「どうしたらいいかね、融」
「どうするも何も。皆さんを外宮に招待してしまっては?」
「ほぅ」
融の梟が主人の意見に賛同するように鳴いた。融は梟の喉を撫で、それからクラリスの方を向く。相変わらず視線は下を向いているが。
「おれたちは銀の華の敵ではない。同じく、彼らもおれたちの敵ではない。ヘクセル姫様の思惑があるとはいえ、今彼女は自由ではない。だから、今この時はおれたちがどう動こうと勝手だ」
そして、ちらりとエルハを見る。
「それに、失踪したとはいえ王族であるエルハ殿が帰って来られたんだ。もてなさないわけにはいかないだろ」
「確かにね。……よし、決めた」
クラリスは熟考した後、リンたちに向かって軍の礼である胸の前に右手の拳を上げる仕草をしてみせた。
「アタシたちは、きみたちを歓迎する。それに伴い、外宮へ招待したいと思うが、いかがか?」
「……」
即断出来ないリンは、エルハを顧みた。現在、最も複雑な立場に立たされているのは彼だ。彼が応と言わない限り、この提案に乗るべきではないと考えたのだ。
そう考えたのはリンだけではないらしく、ジェイスや克臣たちの視線もエルハに集まっている。皆の視線を一手に集め、エルハは苦笑した。
「僕に一存ですか?」
「わたしたちに異存はない。だけど、きみは考えた方が良いのではないかと思ったんだよ」
ジェイスの言葉に「そうですね」と頷く。エルハは真っ直ぐにクラリスを見つめた。
「僕は、兄上や姉上、それになにより父に会うつもりなくこの国へ来ました。しかし、それも難しいようだ。それならば、向こうが仕掛けてくるよりも先に、敵陣に飛び込むとしましょうか」
「つまり、受けるということか?」
「そう取っていただいて構いません」
エルハの了承を受け、ノエラの顔が明るくなる。晶穂とリンの手を引いて、行こう行こうと誘ってくる。
「しょうたい! みんなできて!」
「わ、わかったから引っ張るな」
「大丈夫。一緒に行くよ」
慌てるリンと笑う晶穂を追うようにして、エルハたちは外宮へと向かうこととなった。
融のノアが先導していく。青い空に白い梟が飛ぶ様子は、なんとも不思議なものだ。
「この道を真っ直ぐに進むと、外宮の敷地が見えてくるよ」
「敷地? ということは建物まではまだあるんですか?」
晶穂の問いに、クラリスが首肯する。指で空中に進むべき道をなぞっていく。
「そうだね、最初に見るのは庭園だろう。そこを突っ切って、噴水の広場。更に進んでようやく屋敷に入ることが出来るんだ」
「だからね、かくれんぼやるとたのしいよ!」
にぱっと咲くノエラの笑みに、クラリスは片眉を寄せた。
「姫様が上手に隠れられるから、アタシたちは毎日長時間かけて探し出すんだ」
「……しかも姫様は、時々隠れ場所を変える。ノアの協力もあおぎながら、毎日気忙しい」
ぼそりと呟かれた融の言葉だが、その内容とは裏腹に少し楽しげだ。なかなか表情の変化を感じられない彼だが、ノエラとの交流を決して面倒には思っていないのだろう。
そんなたわいもない会話をしつつ、一行は大きな道を真っ直ぐに進む。
時折飛ぶ鳥を追いかけ道を外れかけるノエラの手を引いて、晶穂は小さな姫君の言葉に耳を傾けていた。
リンはといえば、一歩引いてジェイスや克臣たちと肩を並べている。晶穂が振り返ると、丁度リンと目が合った。ふっと相好を崩すと、リンの顔は一気に優しくなる。晶穂は直視出来ずにはにかんだ。
外宮の門前には、日本の城下町のような場所が広がっていた。
商店や住居が狭い空間にところ狭しと並び立ち、賑やかな生活音が響く。ノエラやクラリスは勿論、融でさえも人々から挨拶を受けていた。
「皆さん、仲が良いんですね」
「ああ。ノエラ様は普段からこの辺りまで来られるからな。人々との親交が深いんだ」
クラリスの説明は、何処か誇らしげだ。
ノエラが晶穂とサラの手を引き、果物屋に引っ張っていく。リンが見ていると、店の主人と挨拶を交わして林檎を受け取っている。遠慮する様子も見えたが、押しきられたようだ。
「はい、おにいちゃんたちにあげる!」
胸の前に大きな紙袋を抱え、ノエラが笑顔で中の林檎を差し出した。リンは「ありがとう」とそれを受け取り、いいのかという意味を込めてクラリスを振り返る。
「構わない。店主のご厚意だ」
「そうか」
リンは折角だからとそのまま丸かじりした。シャリという瑞々しい音をたて、林檎の果汁が口の中に広がる。
この世界の林檎は、日本のものよりも赤みが薄くどちらかというと白い。しかし、白に近ければ近いほど甘く、蜜も充分に入っているのだ。
リンと同じようにノエラから受け取った克臣やジェイス、エルハもそのままかじっている。その顔を見る限り、皆お気に召したようだ。
クラリスと融も、ノエラから受け取った林檎を食べている。融はノアにも欠片をやっていた。
「さて、そろそろ」
「ああ、行こう───」
林檎を食べ終え、ごみ箱に芯を捨ててしまう。道草は終わりにして外宮へ向かわなければ。その意図を持って手をはたいたクラリスたちの耳に、空気を切り裂くような悲鳴が聞こえたのは、その時だった。
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