第244話 来た理由は
何処かで梟が鳴いた。まだ昼間なのだが、早起きの梟がいるらしい。
ノエラがつっかえつっかえ、リンたちにことの真相を話し始める。
「あのね、わたしのあねうえが、わたしをソディリスラにおくりこんだの」
「……ヘクセル……ヘクセル姫が?」
思わず呼び捨てしかけたエルハが、慌てて言い換える。ノエラはそれに気付かなかったのか、こくんと頷いた。
「そう。あねうえはね、わたしに……」
「そこまでだよ、ノエラ姫」
「!」
何処からか、落ち着いた女性の声が聞こえた。びくりと体を震わせたノエラを抱き寄せ、晶穂が顔を上げる。
全員が堤防の上を凝視した。そこには、軍服らしき紺の上下を着た男女が立っていた。
長く伸びた髪をポニーテールにまとめた妖艶な美女と、フードを目深に被った青年。青年の差し出した指には、白い梟がとまった。
「探したじゃない、姫。かくれんぼは外宮の中だけではなかったのかしら?」
「……ごめんなさい、クラリス」
殊勝に謝罪するノエラに、クラリスと呼ばれた女性はまなじりを下げた。
「後は、アタシたちが説明しようか。……もう、隠しだては出来ないようだからね」
「良いのか、クラリス」
フードの青年が小さく驚きの声を上げた。クラリスは、ため息をつきながらも頷く。
「やり過ぎたのはこちらの非。流石に傷つけたのは、あのお方に叱られたしね」
「……そうだな」
肩をすくめる青年をその場に置き、クラリスは階段を降りてリンたちの前に立った。
「……あんた、俺たちに会ったよな?」
「一戦交えたね。お蔭でうちのジスターニは負傷中だが、それはもともとこちらが悪い」
警戒心を
「すまなかった。熱くなってしまって、半ば本気で叩きのめそうとしてしまったよ。……特にそっちの子は、傷が残らなかったかい?」
ちらりと目を向けられた晶穂が、ぶんぶんと首を横に振る。
「だ、大丈夫です。だけど、話してもらえるんですよね、クラリスさん」
「ああ。話そうか」
いつの間にか、フードの青年が川原の大きめの石に腰を下ろしている。彼に寄り添うように、梟がぴょんぴょんと跳ねている。全くこちらを見ようとしない青年に内心首を傾げつつ、リンはクラリスの言葉を待った。
「……アタシたちのボスは、ノエラ姫の姉で第一王女のヘクセル姫様だ。まずは、きちんと名乗ろうか」
そう言ってクラリスは、目を細めた。
「アタシは、王家に代々仕えてきた武官の一族の者だ。名をクラリス・エーバンド。ただの人間だが、将軍の称号のもとでヘクセル姫に仕えている」
「……おれは融。この梟は相棒のノア。クラリスと同じく、ヘクセル姫に仕えている」
ノアがばさりと羽ばたきし、融はヘクセルに背中を叩かれて目をそらしながら名乗った。
「融。きみは魔種かい?」
ジェイスに問われ、融は目を瞬かせる。それから、小さく頷いた。
「よくわかったね、この子が魔種だって」
感心したらしいクラリスに褒められ、ジェイスは「同じ気がしましたから」と答えるに留めた。
「この前、そこのお兄さんに射抜かれたのが、ジスターニ・アドファルト。こいつも由緒正しい家柄で、ヘクセル姫に仕えているんだ」
今日は留守番さ。クラリスの言葉で、リンは大柄な男のことを思い出した。鉄の棒を振り回す、力自慢の彼だろう。
「そちらのことはわかりました。こちらも、簡単に名乗って……」
リンが仲間たちを紹介しようとすると、クラリスが手を軽く振った。
「ああ、いや。それには及ばない。全て聞いているからな」
「……聞いている?」
クラリスの言葉に、晶穂が首を傾げる。一体誰がリンたちのことを知っていて、クラリスたちに話したと言うのだろうか。
彼女の疑問には、既に答えが用意されていた。
「ヘクセル、または兄の仕業でしょう」
「エルハさん……」
クラリスと融の前に進み出たエルハを、晶穂が目を丸くして見た。後ろでは、サラが不安げに見つめている。
エルハは「大丈夫」と微笑み、どうですかと言いたげにクラリスを見た。
「その通り。ただ、ヘクセル姫様の独断ですけどね」
「私費で依頼をして、調べさせたと言っていた。……自分の腹違いの弟が世話になっている場所がどんなところか、気になったんだろう」
融が話に入って来る。そして、エルハに尋ねた。
「良いのか? ノエラ姫が聞いているが」
「どうせ、ヘクセル……姉上のことだ。イリス兄上の補佐をさせるために、僕に帰って来いと言いたいんでしょう」
ため息をつきながら、エルハは苦笑気味に微笑んだ。そして、改めて目を大きくして自分を見つめてくるノエラと見つめ合う。
「……エルハさん、ノエラのおにいちゃん?」
「きちんと名乗らずに、すまなかったね。……第三王子のエルハルト。今はエルハと名乗っているんだ。初めまして。そしてよろしく、ノエラ姫」
「……うん、あにうえ」
ヘクセルあねうえの言った通りだった。そうノエラが呟く。
「あねうえが、いってた。ソディリスラにイリスあにうえをたすけてくれるひとがいる。そのひとをこちらによびよせるために、そのひとにちかしいひとたちをおびきよせるんだって。そのために、わたしをおくりこむんだって」
まだまだエルハを本当の兄だという認識は、出来上がってはいないようだ。今も、晶穂にしがみついてエルハを見つめている。
「……まあ、そういうことだよ。更に言えば、アタシたちを悪役に仕立てたのだってヘクセル姫様の発案だ。正義感の強い銀の華のメンバーなら、絶対にノエラ姫様の無事を直接確認しに来るだろうから、とね」
まんまと、ヘクセルの考え通りになってしまったようだ。どうやら、大ごとにすることが得意な姫様であるらしい。
あまりに暴投が過ぎる。ジェイスは眉をひそめて呆れ声を出した。
「……ソディリスラが国家でなくてよかったですね。立派に国際問題となりかねませんでしたよ」
「その通り。だから今、ヘクセル姫様は謹慎中だ。アタシたちも外宮でノエラ姫様のお世話を言いつかって、本来の軍の仕事にはしばらく戻れない」
「それは……巻き込まれてしまったんですね」
肩をすくめたクラリスを見て、晶穂は内心ほっとしていた。
これまでの経験上、一度敵となった者とはいつか刃を交えなければならない。それが今回否定されたためである。
しかし晶穂の気持ちを知ってか知らずか、クラリスがちらりと晶穂に目をくれた。そのまま何も言わず、晶穂にしがみついているノエラの目の高さ近くにするために膝をついた。
「兎に角、かくれんぼは終わりです。帰りましょう、姫様」
「……いや。おにいちゃんたちともっと一緒にいたい!」
きゅ。リンと晶穂の手の指を持ち、ノエラは頬を膨らませた。
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