第243話 懐かしの

 外宮へ行くには、まず王都の中心から出なくてはならない。賑やかな繁華街を通り抜け、リンたち一行は落ち着いた雰囲気の住宅街を進んでいた。

 平日の昼間だが、またはその為なのか外を歩いている人はあまり居ない。時折買い物に出たらしい女性や、散歩中の男性とすれ違う程度だ。

 どの人も、リンたちを一瞬物珍しげな顔で見る。人のみならず、魔種も獣人も一緒くたで歩いているのが珍しいのだろうか。

「この辺りは、獣人よりも人間の多い地域だからね。勿論人間以外が通ってはいけないなんてことは全くないけど、住んでいる数が少ないから」

 リンの疑問に応えたエルハが、懐かしいなと目を細める。そんな恋人の様子に、サラが尋ねた。

「この辺りに思い出でもあるの?」

「あぁ、うん。……師匠と鍛練していた秘密の場所が、この近くにあるんだ」

「見てみたい! ね、良いでしょ?」

 キラキラと目を輝かせたサラに詰め寄られ、リンは軽く引きながら首肯した。許可を得てエルハを引っ張るサラの後ろ姿を見ながら、リンはジェイスたちと苦笑し合った。

「なんか、サラがいると緊張感ないですね」

「まあ、今から戦いに行くわけではないからね」

「それに、全く興味がない訳じゃないだろ、リン?」

 克臣に見破られ、リンは後頭部をかいた。

「ばれましたか」

「お前も剣士の端くれだからな。強い者には興味があるだろうと思っただけだ」

 かく言う俺もな。そう言って、克臣はニッと歯を見せた。


 エルハと義尚の修業場は、河川敷だった。天気が良い為か川底は浅く、小さなカニが数匹歩いている。背の低い草が、石の間からたくさん顔を出していた。

 エルハは川原の石を拾っては眺め、呟くように記憶を手繰る。

「……師匠が王宮を出てすぐ、僕は彼からの手紙を受け取った。手紙と言うには雑なメモ程度のものだったけど、しばらくは王都にいるから、と」

 何処にいるかは書かれていなかった。だから、幼いエルハは勉学の合間を縫って王都をしらみつぶしに探し回った。

 ようやく見つけた義尚は、この河川敷で刀を振っていた。エルハに気付くと、珍しく目を細めた。

 それから、毎日のように数時間だけの交流が始まった。エルハは生来授かっていた剣術の才を開花させ、アザや傷を作りながらも充実した日々を送った。

「そんな師匠に出会えるなんて、エルハさんは幸運でしたね」

「リンの言う通りだ。会えたら、ちゃんと礼を言わなければ。……さて、そろそろ───?」

 そろそろ行こうか。そうエルハが言いかけた時、河川敷を見下ろす堤防の上を誰かが駆けているのを見付けた。

 それは、小さな女の子だ。焦げ茶のふわふわした髪を風に遊ばせながら、真剣な顔で走っている。年の頃は、五歳くらいだろうか。

 はぁ、はぁ。荒い息を吐きながら走っていた少女は、息が切れたのか立ち止まって呼吸を整えている。

「……? リン、あの子」

 晶穂に袖を引かれ、リンも女の子を見上げる。ぱっちりとした大きな瞳の少女は、少し眉間にしわを寄せている。

 見覚えがある少女。リンはその正体に思い当たり、声を上げた。

「ノエラ!?」

「……おにい、ちゃん?」

 リンの声に驚いてこちらを見たノエラは、その大きな目を一層大きく見開いた。リンの姿が瞳に映り、次いで晶穂へと移動する。

 こぼれ落ちそうな目をまばたきして、ノエラの顔がくしゃりと歪んだ。

「おにいちゃん、おねえちゃん!」

 堤防の階段を勢いよく駆け降りて、ノエラは晶穂の胸に飛び込んだ。

「よかった、無事で」

「元気そうだな、ノエラ」

「うぅっ……。ごめんなさい、おにいちゃん、おねえちゃん」

 突然しゃくりあげながら謝られ、リンと晶穂は顔を見合わせる。リンが柔らかい表情を作ってノエラの髪を撫でた。

「別に、俺たちは怒ってないぞ? ノエラが無事ならそれで良いんだ」

「……でも、わたし、ないしょにしてることいっぱいあるよ? なんであそこでおにいちゃんたちにみつけられるようにしてたのかとか、わたしがどこのだれなのかとか」

 あわあわと喋りだしたノエラを落ち着かせようと、リンは彼女の背中を軽くたたいた。

「いいから、ゆっくり話せ。ノイリシア王国第二王女さま」

「……!」

 身分を言い当てられ、ノエラは硬直した。視線をさ迷わせ、晶穂の服をきゅっと握る。

「しって、たの?」

「もともと知っていた訳じゃない。ある人に教えてもらったんだ」

「ある人……?」

 ノエラはリンと晶穂、そして克臣やジェイスたちを順番に見回したが、誰が言ったのかはわからなかったようだ。エルハと顔を合わせても特に反応はないことから、彼女はエルハを知らないとわかる。

 深呼吸し、ノエラは晶穂からゆっくり離れて数歩下がった。それから、ドレスの端を摘まんでお辞儀をした。

「もうし、おくれました。わたしは、ノイリシアおうこくだいにおうじょ、ノエラ・ノイリシアともうします」

「改めてよろしくな、ノエラ。……っと、ノエラ姫様とでも呼んだ方がいいか?」

 克臣がノエラの目線に合わせて中腰になり、にこやかに尋ねた。するとノエラはぶんぶんと首を横に振る。

「ノエラ、でいい。けいごも、いらない」

「わかった。ノエラ、俺は克臣」

 克臣が自分を指差して言う。それを見て大丈夫だと判断したのか、サラが身を乗り出してくる。

「あたしはサラ。ノエラちゃん、よろしくね!」

「わたしはジェイス。よろしく頼む」

「かつおみさん、サラさん、ジェイスさん」

 ノエラが一人ずつ指を差して、確認しながら復唱する。リンと晶穂も改めて自己紹介した。

「俺はリン。また会えてよかったよ、ノエラ」

「わたしは晶穂。わたしたちを上から見付けてくれてありがとう、ノエラ」

「リンおにいちゃん、あきほおねえちゃん……えと」

 ちらっとノエラがエルハを見る。自分はまだ名乗っていなかったと思い当たり、エルハは腹違いの妹を凝視しないよう努めて口を開いた。

「……僕はエルハ。はじめましてだね、ノエラ」

「エルハ、さん。うん、みんなおぼえた!」

 指差し確認を終え、ノエラがにぱっと微笑む。えらいえらい、と晶穂に頭を撫でられご満悦だ。

「……それで、ノエラ。俺たちに内緒にしてたことって、何だ?」

「あっ。……あのね」

 リンに問われ、ノエラはふっと顔を曇らせた。しかし意を決したのか、真っ直ぐにリンたちの顔を見て話し始めた。

「わたしは、りゆうがあって、おにいちゃんたちにあうためにあそこにいたの」

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