王都での騒ぎ

第242話 王都ゼーランス

 ゼーランスは、王都に相応しい賑わいを見せつけた。

 華やかな店構えが所狭しと並ぶ商店街があるかと思えば、行商人が新鮮な海の幸を売り歩く。港には大きな魚市場が設置されており、威勢のいい呼び声がこだましている。

 住宅地へと目を向ければ、王宮と同じく白を基調とした建物が軒を連ねる。それぞれに庭があり、小さくともそこに花や野菜、木々が植えられて美しかった。

 リンたちは船を降りて、まずは腹ごしらえをと商店街へ向かった。

「いらっしゃい、兄さんたち。この辺の人じゃあなさそうだな。観光?」

「ええ。しかし、この賑やかさは凄いですね。毎日こんな感じなんですか?」

 ジェイスの問いに、露店の店主は日焼けした顔で「そうだ」と笑った。彼の手元は絶え間なく動き、鉄板の上の麺を炒めている。

「ここは王都だからな。王様のお膝元、各地から人がわんさかと集まってくるんだ」

 ホイ、お待ち。店主から焼きそばパンを受け取ると、ジェイスは彼に礼を言った。

 踵を返して噴水のある広場へ向かうと、そこには既に食べ物を持ち寄る仲間たちの姿があった。

「ジェイスさん、お帰りなさい」

「リン。何かわかったかい?」

 六人で向かい合わせになったベンチ二つを占領し、露店で買い求めた軽食を口に運ぶ。焼きそばや焼き飯、ロコモコ丼のようなもの、野菜たっぷりのパスタ、おにぎり等、様々な料理が販売されていたようだ。

「王都はやはり交通の要衝であり、人と物が集まりやすいようですね。それに、地方からも人が来るため様々な種族が集まるようです」

 そう言ったリンは、容器に入った焼き飯を箸で食べている。彼の隣でパリパリの海苔が巻かれたおにぎりを手にしている晶穂は、リンの言葉に頷いてから首を傾げた。

「そういえば、わたしたちがソディリスラからの船で来たのを見たお店の方がいて、どんな場所かと聞かれました。当たり障りのないことを説明しましたけど……『扉』のことを、こちらの人たちは知らないんですね」

 扉とは、少し前まで所謂ソディリスラの地域に幾つも存在したものだ。名の通りに、ソディールと日本という二つの世界をつなぐ役割を負っていた。しかしながら先日、その全ては地上から消えてしまったのだ。

 晶穂の疑問に、エルハは「そうだよ」と答える。

「ここには、扉の存在を知る人は多くない。あの存在は、ソディリスラ特有のものだよ。だから、僕の師もそちらから来たんだろう」

「エルハの刀の師か。日本人らしいし、会ってみたいな。だろ、晶穂」

「ですね、克臣さん」

「僕だってそうだ。……だけど、ずっと前に会ったっきり行方は知れない。何処かで元気にしておられると良いんだけどね」

 克臣と晶穂の会話に苦笑したエルハは、パスタをフォークでくるくると巻いた。外で食べることを考慮されているのか、パスタのソースはとろみがついていてよく絡む。

「ねぇ、食べたらどうするの?」

 そう言って、身を乗り出したのはサラだ。手には近くで売っていたベリアのクレープが握られている。

「……ノエラの消息を確かめるだけなら、王都の郊外にある外宮を訪ねればいいと思う。そこに襲ってきた三人も護衛としてついているだろうしね」

 出来れば王宮には入りたくない、とエルハは目を逸らした。無理強いをして王家の人々と挨拶をするよりは、ノエラの無事を確認してさっさと帰るのが良いだろう。リンはそう決めて行動に移した。

「なら、そちらへ行きましょう。見つからないようにしなければいけませんね」

「……ありがとう、リン」

「お礼は、帰ってからで良いですよ」

 リンの返しに、エルハは痛そうな顔で笑った。



「ノエラ様、どちらへ行かれたのですか? ノエラ様!」

 ここは、王都から数キロ離れた場所にある外宮。王家の末娘であるノエラは、ここで護衛の者たちとともに過ごすのが常だ。

 先程まで、ノエラは護衛たちとかくれんぼをして遊んでいた。齢五歳の彼女は、まだまだ遊びたい盛りなのだ。

 しかし現在、ノエラの姿は外宮から消えていた。クラリスが何度呼べども、焦げ茶のふわふわした髪を持つ少女は姿を現さない。何かあったのではないかと、クラリスは外宮の門へと向かう。

 外宮の門前には、日向で船を漕いでいる同僚の姿があった。

「ジスターニ!」

「うおっ。……なんだ、クラリスか。脅かすなよ」

「なんだ、じゃないよ。どうして門番が寝てるんだい……?」

 冷え冷えとしたクラリスの声色に、ジスターニは目を泳がせた。これ以上怒らせては大変、と話題転換を試みる。

「そ、それでここには何の用だ?」

「忘れるところだった」

 盛大なため息をつき、クラリスはノエラの行方を知らないかと尋ねた。

「何処を探しても居ない。あの方は小柄だから何処へでも入り込むが、これまで見付けられなかったことはない。それでも見付からないから、こちらから外へ出たのではないかと思ったわけだ」

「なるほどね。……だが、残念ながらオレも見ていない。外には出ていないんじゃないか?」

 首を捻るジスターニに、クラリスは再びため息をつく。

「ノエラ姫は、どなたに似たのか突拍子もないことをなさる天才だ。……王都を見てくる」

「仕方ない、オレも行こう」

 踵を返すクラリスを追おうと、ジスターニが腰を上げる。しかし、クラリスに首を横に振られた。

「お前は、まだあの子どもに射られた傷が塞がっていないだろう? 無理せず姫様が帰る場所を守っていてくれ」

「……ちっ。その通りだな」

 ジスターニが肩をさする。そこには、リンが射抜いた傷があるのだ。

「アタシは、融を連れて行くから」

「……仕方ないな。おれが行こう」

 何処に隠れていたのか、融が木陰から姿を現した。相変わらずフードを目深に被っていて、仲間であるはずのクラリスたちの顔を真っ直ぐには見ない。

 しかし、それを指摘する者はここにはいない。クラリスもジスターニも、融が何故フードを被っているのか知っているからだ。

「姫様を頼んだぞ、融」

 ジスターニの言葉に、融は片手を挙げて軽く振ることで応えた。

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