第241話 らいばるせんげん?
ユキたち年少組にリドアスを任せたリンたちは、現在海の上にいた。
幸い荒波にはなっておらず、穏やかな潮風を肌に感じる。甲板には、リンたちの他にも観光客とおぼしき大荷物を抱えた人々が談笑していた。
晶穂は手すりから身をのりだし、カモメに似た海鳥を眺めている。その傍にはリンの姿がある。
「風が気持ちいいね」
「そういや、敵地に赴くって以外で船に乗るのは初めてだな」
「ある意味で敵地ではあるけど……エルハさんの言葉があったから、まだ心持ちは穏やかかな」
エルハは、ノエラを乱暴に連れ去ったのは王に忠実な家系の者だと言った。つまり、何らかの理由で無理矢理にでもノエラを連れ戻さなければならなかったのだろう。
しかしながら、だからといって一緒にいたリンたちを傷付けた理由がわからない。
リンたちは、ノエラの無事とエルハの故郷を見るために、一路ノイリシア王国へと向かっているのだ。
二人は何気なく甲板にたたずんでいたのだが、こちらをちらちらと覗くように見る視線に気づいた。その主が子どもたちだとわかり、そのまま放っておく。
すると、その三人の子どもが駆けてきた。母親たちが制止する声も無視だ。
「ねぇ! ぎんのはなのだんちょうさんだよね?」
「あ、あぁ」
「あのね、このあいだはうちのねこ、みつけてくれてありがとう!」
「あたしも! あたまぽんぽんしてもらった。ころんでなかなかったもんね!」
「ぼくも、おじいちゃんちのすいどうなおしてくれたってきいたよ! ありがと!」
リンが銀の華の団長だと確かめるやいなや、子どもたちが一斉に喋り出す。その全てがお礼を言う内容だったため、平静な顔の内心で慌てているリンの後ろで晶穂は微笑ましく見守った。
子どもたちに遅れて、母親たちがやってきた。リンに向かって「すみません」と頭を下げる。
「この子たち、騒がしくてすみません。あなたが団長さんだと気付いて、いても立ってもいられなかったみたいで……」
「いえ。……俺たちの仕事ですから。喜んでもらえたなら、とても嬉しいです」
いつものクールな顔をわずかに綻ばせ、リンは「これからもお願いします」と子どもたちの母親に頭を下げ返した。
「頼りにしていますよ。リン団長さん」
にこりと微笑んだ母親が子どもたちと共にその場を離れようとした時、女の子と晶穂の目があった。きょとんとした顔をした後、女の子が爆弾を投下する。
「おねえちゃん……。もしかして、だんちょうさんのかのじょ?」
「えっ?!」
さっと顔を赤くした晶穂に、女の子はぷうっと頬を膨らませた。ビシリと晶穂に人差し指を突きつける。
「あたしがだんちょうさんのかのじょになるもん! あなたにはまけないよ!」
「……へ?」
「も、もう! 本当にごめんなさいっ」
ぽかんと女の子と対峙する晶穂に、母親は慌てた様子で再び頭を下げた。それから三人の子どもたちを引っ張るようにしてその場を去った。
「……ら、ライバル宣言?」
「くっ、ははっ! 晶穂お前、妙な顔してるぞ」
思わぬ女の子の発言に驚いた晶穂が間の抜けた声を出すと、隣にいたリンが笑い出した。百面相だな、と笑いが止まらない。
「も、もうっ。笑わないでよ!」
「悪かったって」
腕をつかんで揺すられ、リンは笑いを収めて晶穂に謝った。目尻を拭い、リンは晶穂の柔らかな髪を撫でるようにすく。そして晶穂だけに聞こえるよう、唇を彼女の耳元に寄せた。
「大丈夫。俺が好きなのはお前だけだか、ら……。うわっ、ごめん。恥ずかしすぎるこれ」
「……う、うん」
途中まで言いかけ、晶穂の顔が真っ赤なのに気付いてリンも口元に手をあてて顔をそらす。
どちらも照れてしまって、相手の顔を見られなくなった。そこへ救世主のように仲間たちがやって来る。
「そこで子どもたちにお礼を言われたけど……二人ともどうした?」
「何だ? 顔真っ赤じゃねえか。船酔いか?」
「克臣、たぶんだけど船酔いは顔が青くなるんじゃないかな」
「それもそうか」
ジェイスと克臣が言い、リンたちの様子に何かを察して笑い合う。エルハとサラも遅れてやってきて、会話に入ってきた。
「何かありました?」
「いや、何もないぜ」
エルハの疑問形に、克臣が首を横に振ってみせる。その隣で、サラが晶穂の額に手をあてた。
「晶穂、顔赤いけど熱? 船室で休む?」
「だっ、大丈夫だよ。ちょっとびっくりしただけだから」
「? 大きな魚でもいた?」
「え、えっと……」
サラに詰め寄られてどうにか話を逸らそうとする晶穂を横目に見ながら、リンはジェイスたちと向かい合っていた。
「ちょっと、想定外だっただけですから。……それはそうと、もうすぐですか?」
「ああ。ノイリシアまで、あと十数分ってところかな。さっき船員の人に聞いたよ」
「着くのは、ゼーランスの港だっけか」
「そう。……あ、ほら。王宮だ」
克臣が指差す先には、純白に輝く王宮が存在感を示している。それは、東洋と西洋を足して二で割ったようなデザインだ。戦うための城ではなく、まさに魅せるための城である。装飾に使われている瑠璃色は、白との対比でより輝きを増している。
「……とうとう、来たか」
エルハは一人、手すりから身を乗り出すようにしてノイリシアを見つめるリンたちの背後に立っていた。壁に背を預けじっと王宮を見る瞳は、何処か憂いと共に寂しさを伴うものだった。
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