第235話 じぃじはどこ?

 ノエラを真ん中にして商業施設を歩きながら、リンはまず迷子センターへ行ってみようかと提案した。

「このご時世、迷子センターを設置していない大型施設もないだろ。そこに行けば、ノエラの『じぃじ』とやらがこの子のことを届け出ているかもしれない」

「そうだね。早く見付かるに越したことはないから……」

「───だめ!」

 提案への反対は、思いがけない所から発せられた。リンと晶穂が驚いて見下ろすと、ノエラが必死の顔で首を横にブンブンと振っている。

「それは、だめ。ノエラは、お兄ちゃんたちと一緒にじぃじを探すの!」

 頑固に了承しないノエラに、晶穂がしゃがんで説得を試みる。

「でもセンターに行った方が、放送もしてもらえるし……」

「だめ!」

「頑なだなぁ。……何か、行ったらいけない理由でもあるのか?」

「うっ……」

 リンの問いに、ノエラは沈黙を守った。何か話したくないことがあるらしい。

「……」

「……」

「……」

 はぁ。リンはノエラの言葉を待つのを諦め、彼女の手をとった。

「ノエラ。じぃじとはぐれたことに気付いた場所まで連れていけ。そこから探そう」

「ありがとう!」

 ぱっと笑顔になったノエラが、リンの手を引っ張って「こっちだよ」と連れていく。晶穂も二人を追った。

「ここでね、えほんみてたんだ」

 ノエラが指差したのは、施設内にある大型書店だった。ジャンルごとにたくさんの本が並べられた店舗は、子どもにとってはさながら巨大迷路だろう。

 子供用の書籍が並ぶエリアに向かう。色鮮やかで優しい色彩のイラストが、三人を向かえた。

「あのね、このえほんすきなの。あっ、こっちも!」

 すっかり絵本を読むのに夢中になってしまったノエラを見て、リンが苦笑する。

「俺たち、ノエラの保護者を探してるんじゃないのか?」

「だね。でも──ふふっ、楽しそう」

 目をキラキラと輝かせ、ノエラの小さな手が幾つもの本に伸びていく。

 改めてノエラを見ると、彼女の年齢は十才以下であることは間違いない。少し垂れ目で可愛らしい。着ているワンピースもフリルがついていて、ノエラによく似合っている。

(あれ? この顔何処かで……)

「どうかした、リン?」

「いや、何でもない」

 じっとノエラを見ていたリンの目が何かを考え込むように細められたのに気付いた晶穂が、首を傾げる。彼女に軽く首を横に振って応じ、リンは再びはしゃぐノエラに目をやった。

「お嬢さん、ぱぱとままと来たの?」

「「!?」」

 ノエラに気付いた店員が彼女の目線の高さまで腰を折り、そう尋ねた。一気にリンと晶穂の顔に熱が集まる。

 それとは知らず、ノエラは「ちがうよ」と否定した。

「おにいちゃんとおねえちゃんは、わたしにつきあってくれてるの! じぃじがはなれてるから、それまでわたしについててくれてるんだよ」

「あら、そうなの。ごめんなさいね、早とちりで」

「い、いえ……」

「大丈夫、です……」

 店員がその場を離れた後、リンも晶穂も自分の顔の熱を冷まそうと、パタパタと手で扇いだ。

 この何とも言えない雰囲気をどうにかしようと、晶穂が冗談っぽく言う。

「こ、こんな女の子がいるように見えるのかな? と、年相応の顔してると思ってたんだけど……」

「お前が気にしてるのはそこなのか」

「え?」

 拍子抜けしたリンが、晶穂の疑問には答えずにノエラのもとへと歩いていく。

 本棚にへばりついているノエラを抱き上げた。

「ノエラ、じぃじを探すんだろ?」

「そうだったぁ。ふふっ、おにいちゃんがたかいたかいしてくれた!」

 きゃっきゃと喜ぶノエラに微笑み、リンは再びノエラを下ろした。

「疲れちゃいないだろ。自分で歩け」

「はーい」

 二人の会話を聞きながら、晶穂はふと物思いに更ける。

(もし、年の離れた妹とか……娘とかいたら、こんな感じなのかな?)

「おねえちゃんもいこう~」

「あ、はーい」

 いつの間にか、二人の姿が書店の外にある。思考を中断させ、晶穂はリンとノエラのもとへと駆けた。




 ゴーウィンはノイリシア王国へ戻り、すぐに王の寝室へ通された。

 豪奢なベッドの上には、その寝床に似つかわしくないほど顔色の悪い一人の男性が眠っていた。黒々としていたであろう髪は、白髪が目立つ。

 誰であろう、ノイリシア王国の現王シックサード・ノイリシアである。

「……帰ったか、ゴーウィン」

「はっ。不肖、帰国致しました。……しかし」

「よい。結果は芳しくなかったのだろう」

 何処か苦しげに、シックサードは呟いた。健勝の際は威厳を漂わせていたその太い声も、病気に侵され力を失っている。

 ゴーウィンは王の現状に心を痛めながらも、「申し訳ございません」と頭を垂れるのが精一杯だ。

「ふぅー」

 シックサードは長く息を吐き、喉で笑った。

「……ゴーウィンと二人きりで話をさせてくれ」

「……」

 その場にいた衛兵や文官たちがその場を去る。部屋にいるのは、王とゴーウィンのみとなった。

「ゴーウィン。息子は元気にしていたか?」

「……王様」

「わかっている。どうせ、死んだことにして伝えろとでも言ったのだろう? 我が息子なら言いかねん」

「シックサード様も、幼き頃は利かん坊でしたからね」

「思い出さないでくれよ。……兎に角、エルハルトが生きていないわけがない」

 シックサードの確信を持った言い方に、ゴーウィンは折れるような形で真実を語った。

「私は……お会い致しました。ご健勝で、頼もしい友人を多く持っておられました」

「そうか。それは何よりだ」

 シックサードは微笑し、片手を挙げた。下がるよう命じる時、彼はそういう動作をする。

 ゴーウィンは黙って一礼し、王の部屋を出た。

 そこで、思わぬ待ち人と遭遇する。

「お帰りなさい、ゴーウィン」

「ヘクセル様、ご機嫌麗しゅう」

 ゴーウィンの前に立ったのは、この国の第一王女であるヘクセル・ノイリシアである。

 母親譲りの焦げ茶色の髪は癖っ毛で、腰まで伸ばしてようやく落ち着きを見せている。その勝ち気な性格は、瞳の光の強さからもうかがい知ることが出来よう。

「あなたが何処で何をしていたのか、わたくしは知っているわ」

「……何のことでございましょうか」

 ゴーウィンがソディリスラへ行っていたことを知るのは、王とその他数人のみである。ヘクセルが知るはずはないのだ。

 すっとぼけて去ろうとするゴーウィンの耳に、ヘクセルの声が届いた。

「わたくしも、探し物がありますの。……それを取り戻すための布石は、既に放たれていますわ」

「……ヘクセル姫様、あまりお父上を心配させないでくださいませ」

 ゴーウィンは、あえて言わなかった。深々と礼をして、自分の執務室へと向かう。

 ヘクセルにくっついて歩いている姿をよく見かける、妹姫は何処へ行ったのかと。

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