第233話 ケーキでブレイク

 ガチャガチャ……。

「晶穂さん、これでいいですか?」

「もう少し混ぜた方が良いかな」

「あっ、小麦粉何処いったっけか……」

「ちょっとユーギ、卵で遊ばないでよ」

「机の上でくるくる回って面白いよー!」

 午前中から食堂が騒がしい。

 ゴーウィンたちがリドアスを去った翌日、晶穂は買って来た材料を机の上に広げていた。そこにはハンドホイッパーやボウルの他、たくさんのベリア、生クリーム、卵、小麦粉、ミルク等々、ケーキ作りに必要なものが揃っていた。

 そこにやって来たユーギと春直が目を輝かせ、唯文とユキを引っ張ってきたところから、この大騒ぎは始まった。

 ぎゃあぎゃあと叫びながらも手元の作業はきっちりとこなす真面目な少年たちと共に、晶穂はベリアのケーキ作りに勤しんでいるのだ。

 生地作りを唯文とユーギに任せ、春直には電動ホイッパーを使って生クリームを泡立ててもらっている。その生クリームの入ったボウルを氷で冷やしているのはユキだ。彼らの隣で、晶穂はベリアを飾り付け用とケーキの中に入れる用に分けて半分に切っていった。

「ユーギ、遊んでないで卵を割ってくれ」

「わかった。……ちゃんと卵白と卵黄をわけたよ」

「了解」

 素直に言うことを聞いたユーギが唯文の持つボウルに卵黄を入れる。卵白はユーギが電動ホイッパーで砂糖と共に泡立てていく。

 ウィーン、というホイッパーの音が響き、束の間、皆が作業に没頭した。

「出来ました、晶穂さん!」

 春直がボウルを手に晶穂の前にやって来る。ボウルの中には、よく冷えて混ざった生クリームが出来上がっていた。

「春直もユキもありがと。これ、冷蔵庫に仕舞っておいてくれる?」

「それより、ぼくの氷で冷やしておくよ!」

 そう言うと、ユキは空気中の水分を固めて氷を創り出した。その氷でボウルを囲んで机の端に置く。ユキの氷は溶けても水が空気中に戻るだけのため、タオルなどで拭く必要もない。

 次に出来上がったのは、唯文とユーギの生地だ。

 それを二十センチはある型に流し込む。丸い型には事前にチョコクッキーを袋に入れて綿棒で割り砕いたものを敷き詰めている。タルトのような触感にするのが目的だ。

 その時、オーブンが「ピーッ」と余熱完了を告げた。

「よし、生地をオーブンに入れようか」

 晶穂の号令のもと、唯文が型を置いた鉄板をオーブンに入れ、ボタンを押す。庫内

 が赤く発光し、熱量が上がっていく。後は、焼き上がるのを待つだけだ。

「ケーキ作るのって楽しいですね」

「唯文兄、スイーツ男子?」

 唯文がぼそっと言った感想を目ざとく聞き取り、ユーギがニコニコと笑う。無邪気に吐かれた言葉に、唯文はわずかに頬を赤くした。そして、押し殺した声で呻く。

「……何処で覚えてきた、その言葉」

「ふふっ、楽しいよね。今度は、唯文が作ってみる?」

「唯文兄のスイーツ、食べたいです!」

「春直ずるい! ぼくも」

「勿論、ぼくも!」

 晶穂の提案に、春直とユキ、ユーギが我先にと乗っかる。キラキラとした三対の瞳で見つめられ、唯文は目を逸らした。

「……気が向いたら」

 少し怒っているような声色だが、しっぽはパタパタと横に振れている。ただ単純に、嬉しかったようだ。

「……ゴホン。そんなことより、晶穂さん」

「ん?」

 咳払いをして、唯文が目の前に座る晶穂に話しかけてきた。どうしたのかと問えば、少し言い淀んだ後に口を開く。

「……昨日、ちょっと騒動があったと聞きましたよ」

「うん。……これは、わたしが話しても良いのかなぁ」

 晶穂は迷った。唯文を始め、ここにいるのは数々の困難を一緒に戦い抜いてきた戦友であり、大切な銀の華の仲間であり、友だちだ。

 しかし、事はエルハの嘘を他人である晶穂が伝えてしまうことになる。彼の同意なしに、軽々しく話せる内容ではない。

 唯文と晶穂の間の沈黙を、春直たち三人も固唾を飲んで見守っている。

 晶穂は熟考の末、緩くかぶりを振った。

「……ごめんね。ケーキが出来たらリンたちも呼ぶから、その時でもいいかな? 本人に許可を貰わないと、勝手に話すことは出来ないよ」

「わかりました。こっちこそ、言いにくいことを言わせてしまってすみません」

 赤褐色の髪を左右に振り、唯文が笑みを見せた。

「話すこと自体拒否されたらどうしようかと思っていましたから、聞けるとわかって安心しました」

「拒否するはずないでしょ。みんなは、仲間なんだから」

 晶穂もほっと肩の力を抜き、その場に和やかな空気が流れる。

 それからオーブンが再び鳴るまでの間、晶穂が所有するスイーツ関係の料理本をみんなでめくり、次の機会には何を作ろうかと話し合った。

「このタルト、おいしそう!」

「こっちの和風ロールっていうのもいいですね。日本で食べた、大福を思い出す」

「いいなぁ、唯文兄。ぼくも食べてみたかった」

「……いつか、もう一度つながったら食べに行こう」

「うん!」

 あっという間に時間は経ち、スポンジが焼き上がった。生っぽくなることもなく、丁度いい具合にふっくらしている。

 ユーギたちの歓声に微笑みながら、晶穂はそれをケーキクーラーの上に置いた。

「じゃあ、これが冷めたら仕上げだよ」

「飾りつけだね!」

「楽しみです」

 時刻は、後三十分程で午後三時だ。おやつ時である。

「ぼくの出番!」

 ユキがさっと指を回すと、冷蔵庫くらいの温度の冷風がスポンジを巻く。粗熱が取れ、生クリームを乗せても問題ない温度まで下げてくれた。

「……ユキの魔力って、お菓子作りに役立つね」

「春直も思った? ぼくもそう思って使ってみた!」

 どや顔で晶穂を見上げるユキに、晶穂は「ありがとう」と兄と同じ硬質の髪を撫でた。

「よし、じゃあ仕上げていこう!」

「「「「おー!」」」」

 唯文が器用にケーキを上下に等分し、生クリームとベリアを挟む。それから晶穂が、生クリームをペティナイフでスポンジを覆うように塗る。

 最後に残った生クリームを絞り袋に入れ、ケーキの上に丸っこいクリームを絞り出していく。

「後は、ベリアで飾り付けるだけだよ。ここはみんなに任せようかな」

 赤と紺、二つの色の実を積んで、晶穂は笑った。

 そこからは、再び賑やかな作業だ。唯文を中心として、どのような飾りつけをするかの話し合いが始まる。

 少し大きなベリアを五かけ使い、中央に花を咲かせた。更に、半分に切った実をケーキの側面に貼りつける。そうして残ったベリアの実は、花の周りにこれでもかと散らした。

 完成したベリアのケーキは、二色の花畑のようで見る人を楽しい気持ちにさせた。それはきっと、作った当人たちが楽しんでいたからだろう。

「じゃあぼくとユキで、団長たちを呼んで来るよ」

「その間に、片付けとお皿とかの用意をしておくね」

 ユーギとユキを見送り、晶穂たちは使ったボウルやホイッパーの片づけと、ケーキを食べるための食器類の用意をした。

「甘いにおいがするな」

「リン、いらっしゃい」

 最初に食堂に顔を覗かせたのは、リンだった。晶穂が照れ笑いを浮かべて迎える。

「おっ、うまそうじゃん」

「呼ばれてきたよ、晶穂」

「みんなで頑張ったんだってー?」

「おいしそうだね」

「けーきー!」

 克臣、ジェイス、サラとエルハ、そしてシンもやって来た。この日、リドアスに身を置いていたのは、いつものメンバーだったようだ。

 サラと晶穂が紅茶とジュースを入れ、それぞれが切り分けられたケーキを前にする。うずうずと待ちきれない様子の年少組に苦笑しつつ、晶穂は「どうぞ」と彼らを動かすスイッチを押した。

「いただきます!」

 全員が一斉にフォークを手に取った。生クリームとスポンジ、それに甘酸っぱいベリアが口いっぱいに広がる。

「おいしいっ!」

「うん、初めてだったけどうまくいったね」

「……うん」

「唯文兄、しっぽは正直だね」

「う、うるさいな!」

 春直が指摘して、唯文が珍しく慌てる。年少組は最初こそわーわーとはしゃいでいたが、そのうちに黙々と食べ始めた。

「ベリアは赤がより甘くて、紺がより酸っぱさが強いんでしたっけ」

「そうだね。とはいえ、わずかな差だと聞いたことがあるよ」

「苺みたいだな、うまいわ」

「おいしいね、エルハ!」

「うん、本当に」

「おいしーよ。いくらでもたべられるっ」

「……よかった」

 何かの記念日でもない日だったが、皆がこれほど喜んでくれたなら作った甲斐があったというものだ。

 晶穂も自分たちで作ったケーキを口に運び、その甘酸っぱさに頬を緩ませた。甘さを控えめにした生クリームとベリアが、丁度いいバランスを保ってくれている。

 にこにことケーキをほおばっていた晶穂は、その様子をじっと見つめられていたことに気付いた。

「リ、リン……。恥ずかしいから」

「うまそうに食うなと思って。……あ」

「?」

「ついてるぞ」

 リンが自然な動作で手を伸ばし、晶穂の唇の端についていたクリームを指で取った。それを舌で舐めとる。

「……!」

 ボンッと顔を真っ赤に染めた晶穂を見てリンは不思議そうな顔をしていたが、よくよく自分の行為を振り返って「っ……!」と声もなく目を逸らした。

 幸い、このシーンはジェイス以外には目撃されていなかった。当のジェイスも「おやおや」と内心思ったのみで、それをいじろうとはしなかったのだが。


 今いないメンバー用にケーキを取り分け、皆満足げな表情で飲み物を飲んでいる。

 その弛緩した空気の中で、エルハがリンに頷きかけた。リンもその意図を理解し、年少組に話しかける。

「丁度いい機会だ。お前たちにも、昨日のことを話しておこう」

「まずは、僕が謝らないといけないんだけどね」

「……聞きます」

 唯文が言い、ユキたちも頷いた。誰もが真剣な顔をしている。

「僕は、ノイリシアという国から来たんだ……」

 そんなエルハの告白から始まった。お茶会はまだ続きそうである。

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