第228話 呼び出し
ぴんと張った空気の中、老紳士が居住まいを正した。二人の青年と同じように、エルハに向かって膝をつく。
「十年以上の間、探しましたぞ。……エルハルト様」
「……あなたの目は誤魔化せないんですね。ゴーウィンさん」
大きくため息をつき、エルハは諦めの顔で笑った。そして、ゴーウィンたちを立たせる。エルハたちの尋常ではない雰囲気に気圧されていた晶穂は、ようやくエルハに話しかけた。
「あの、エルハさん……?」
「ああ、ごめんね。晶穂」
戸惑いを顔全体に漂わせた晶穂に、エルハは苦笑いをする。それからゴーウィンたちを振り返って、困り顔をした。
「ここではゆっくりと説明することも出来ないな。……仕方ない。一緒に来て下さい、ゴーウィンさん」
「何処へ、とお聞きしても?」
「……僕が世話になっている、銀の華という組織の拠点です。この話をする時に、絶対に聞いてほしい人たちがいます」
こちらへ。エルハが先導し、五人は黙したままでリドアスへと向かった。晶穂は居心地が悪かったが、何かをエルハに問うことは出来なかった。
エルハたちがリドアスの戸を開けると、丁度書類の束を抱えた克臣が通りかかった。帰宅した彼らに気付いて片手を挙げかけたが、バランスを崩しそうになって慌てて書類を掴む。
「お帰り、エルハ。晶穂も一緒か。ん? そちらは誰だ」
「ただいま帰りました、克臣さん。……お話があるので、団長とジェイスさん、それにサラも呼んで来ていただけませんか?」
自己紹介をしようと前に出かけたゴーウィンを制し、エルハが眉を寄せて複雑な笑みを浮かべる。そんな彼らの様子から何かを察したのか、克臣はそれ以上何も問わなかった。
「……わかった。会議室で待ってろ」
「ありがとうございます」
「晶穂、手伝ってくれ」
「あ、はいっ」
克臣に呼ばれ、晶穂はエルハたちの傍を離れた。
克臣に指示され、晶穂はサラとリンを呼びに走る。
最初に出会ったのは、自室にいたサラだ。彼女はファッション誌をベッドに寝転んで読んでいたが、晶穂がトントンと戸を叩くと起き上がった。
「どうしたの、晶穂? 買い物は終わったの」
はぁはぁと荒い息をしながらやって来た晶穂に、サラは驚きつつもコップの水を手渡した。それを一気に飲み、晶穂はふうと息をつく。
「ありがと、サラ。突然だけど、今から会議室に行ってほしいんだ」
「会議室? また何か大変なことでもあったの?」
「ちょっと、今までとは毛色が違うかな……」
「ふうん?」
言葉を濁す晶穂に不審な顔をしつつも、サラは「わかった、着替えたら行くね」と微笑んだ。今、サラは思いっ切り部屋着なのだ。ピンクのもこもこの服では、確かに会議室にはそぐわない。
「ありがとう、お願いね」
サラのもとを離れると、晶穂は次にリンのもとへと向かった。
リンは自室で書類整理に勤しんでいた。扉が失われて日が経ち、この大陸での様々な出来事が改めてリドアスには集まって来る。
トントン。晶穂が入室許可を求めると、中で書類の山が崩れる音がした。慌てて戸を開けると、丁度机の上から床に落ちた書類を拾おうとリンが立ち上がったところだった。
「えっ、だ、大丈夫?」
「あ、ああ。なんとかな」
幸い、床に落ちたのは十枚ほどの紙だった。しかし机上には、崩れた十五センチほどの高さのある紙の束がある。それらをまとめて整えると、リンは晶穂から床に落ちた紙を受け取った。
「ちょっとペンを取ろうと腕を動かしたら崩れたんだ。……助かった」
「え……あ、うん」
ぼそりと告げられた感謝の言葉に、晶穂の頬が火照る。そして机の上を見て、更に頬が緩みそうになった。
「……使ってくれてるんだね、そのペン」
「晶穂がくれたものだからな……って、恥ずいから言わせんな」
「ふふっ、嬉しい」
ふわりとした空気が漂う。しかしそれは長くは続かず、晶穂はここに来た目的を思い出してぶんぶんと首を横に振った。
「……取れるぞ、首」
「取れないよっ。ってそうじゃなくて、会議室に来て欲しいの」
「会議室? 何かあったのか」
すっと険しい顔をするリンに、晶穂は曖昧な表情を返すことしか出来ない。
「詳しくはわたしもわかんないんだけど。エルハさんに買い物帰りに会って一緒に帰ってたら、三人の男の人に出会って言われたの。『ようやく見つけましたぞ』って」
「……晶穂、三人の風体は?」
リンの言葉がこわばる。晶穂はびくっと肩を震わせると記憶を辿った。
「えっ。……一人はテッカさんよりも年上の、初老の男性で眼鏡をかけた執事みたいな人。二人はわたしたちと同年代くらいに見える男の人。見た感じ、魔種と狼人なんじゃないかな」
「……あの人たちか」
三人に覚えがあり、リンは机に手をついてため息を漏らした。どうやら、彼らの探し人はエルハか彼に関連する何者からしい。
しかし、何故エルハが彼らと共にリドアスへ来たのか。リンには全くわからない。
「わかった、今から行こう」
「ありがとう」
顔を上げ、戸の方へと歩き出したリンの後を追い、晶穂は駆けようとした。
その時、リンが振り返って晶穂を壁際に追い込んだのだ。壁ドンの形になって顔を真っ赤にする晶穂を、リンはしばし黙って見つめた。
「……リ、リン?」
「エルハさんと、二人で帰って来ようとしてたのか?」
「そう、だよ?」
何かまずいことでもあったのかと慌てる晶穂に、リンが盛大なため息をついた。そのまま晶穂の方に額を乗せる。
「えっ、リン?」
「……自覚がなさ過ぎるだろ。俺の心が狭いみたいじゃないか」
「??」
「全く、お前は」
本気でわかっていないらしい晶穂の鈍感さに苦笑し、リンは晶穂の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「髪が乱れるからっ」
「乱してんだよ。……信頼する人が多いのは良いことだけど、俺の気持ちも少しは考えてくれ……」
「何か、言った?」
「なんでも。またちゃんと言うから」
乱れた髪を手櫛で整える晶穂が首を傾げる。しかしリンはそれ以上話を進めようとはせず、「今は行くぞ」と晶穂を連れて会議室へと向かった。
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