第225話 探し人

 リンはスマートフォン型の携帯端末を操作し、まずはジェイスに連絡を取る。いつもより時間を食ってしまっている。情報の共有を含め、謝らなくてはならない気がした。

 数コール後、聞き慣れた声が聞こえてきた。

「リン、どうしたんだい? 今日はやけに遅いね。晶穂がそわそわしているけど」

「ジェイスさん。……それに関してはすみません。いつもより大回りした後、エドさんにつかまったので」

 リンが頭を下げると、電話口からその気配を感じたのかジェイスが「ふふっ」と笑った。

「そう、晶穂には伝えておこう。それで、エドさんは何と? リンがわざわざ連絡を寄こしたんだ。何か気になることがあるんだろう?」

「流石ですね。その通りで……」

「リン?」

 耳の傍から下げた端末から、ジェイスの声がする。けれどそれに答える余裕が、リンにはなかった。

 数十メートル先に、二人の若者を引き連れた老年前の男がいる。丁度、商店主に何かを見せて尋ねているようだ。懐から出したそれは、一枚の紙だ。

 白髪の目立つ、焦げ茶の髪。笑いじわの刻まれた穏やかな目元と眼鏡。そして物腰の優雅さと衣服の上質さ。エドに言われた男性の容姿そのままではないか。

「おい、リン。どうかしたのかい?」

「あ、すみません。後でまた説明します」

「―――わかった。気を付けて」

「はい」

 ジェイスとの連絡を切り、リンは三人の様子を観察した。

 確かに、この辺りでは見ない顔だ。引き連れている青年二人は、ジェイスや克臣と同年代だろう。黒の狼人と魔種らしき藍色の髪の男だ。二人はボディーガードか何かかもしれない。

 隣の店にもあたっている。リンはその間に、素早くジェイスへのメッセージを送信した。克臣も一緒だろうから、二人で確認してくれるだろう。男性は店主に首を横に振られ、苦笑気味に礼を言っているようだ。どうやら目的は達しなかったらしい。

 紳士が路地の先へと足を向けようとした。この辺りの路地は、少々荒くれ者たちがたむろしていることもある。リンは自警団の団長だと知れ渡っているため襲われることはほぼないが、何も知らない異国の人はどうだろうか。

 何かあってもいけない。リンは小さくため息を一つすると、三人に声をかけようと小走りになった。

「あの、その先は―――」

「何奴!」

「くっ」

 狼人の青年に回し蹴りを見舞われ、リンは咄嗟に腕を交差させてガードした。想像以上に重い蹴りを食らったが、これくらいは何でもない。腕に土がついた。

 リンは相手に敵意がないことを伝えようと、その腕を下ろした。目の前に驚く紳士と彼を守るように立つ二人の青年がいる。

 あくまで冷静に。リンは人当たりのよい笑みを浮かべた。彼らが行こうとしていた方を指差す。

「この先は、町の荒くれ者たちのたまり場です。異国の人が行くことはあまりお勧めしません」

「それは、ありがとう。突然攻撃して済まなかったね」

 ほら、お前も謝りなさい。紳士にそう促され、狼人の青年は「悪かった」と素直に頭を下げた。先程の刺すような目ではなく、更に狼の耳が少し垂れた。

「いえ、こちらも突然声をかけて申し訳ありませんでした」

 リンが浅く頭を下げると、紳士はほっとしたように微笑んだ。

「人を探しているのだけど、何分なにぶん知らない土地でね。片っ端から尋ね歩いている所だったんだ。きみのお蔭で命拾いをしたよ」

「そうだったんですね。人探しでしたら、もっと人通りの多い市場をお勧めしますよ。この道を戻って、右へ行ってください」

「ありがとう。……わたしはゴーウィン。きみは?」

「……リン、と申します」

「リンくんか。また会うこともあるだろう。……さあ、はるか、イズナ行こうか」

「「御意」」

 三人を見送り、リンは息をついた。

 ポケットに入れた携帯端末を取り出すと、ジェイスと克臣から幾つもの着信が入っている。それに紛れて、晶穂の名も幾つか並んでいた。

 苦笑して、リンは「そろそろ戻るか」とリドアスに足を向けた。


 リンの姿が路地から消えると、そこへ三人の人影が現れた。

 ゴーウィンたちである。

 遥と呼ばれた狼人の青年が、ゴーウィンを見た。

「ゴーウィン様、どうして戻って来られたんです? さっきの奴に、こちらでは人探しはしにくいとアドバイスされたではありませんか」

「そうだったね。しかし、あの青年を面白いと思ったんだ」

「面白い? 確かに遥の蹴りを腕だけで防ぎ切った技量は称賛に値しますが……」

 イズナと呼ばれた魔種の青年が首を傾げる。

 ゴーウィンは懐から一枚の紙を取り出した。そこに書かれているのは、ある人物の情報と、推測。そして、既に成長しているであろう彼の幼い頃の顔写真だ。

 黒髪と茶色の瞳を持つ幼児だ。少し暗い表情をして、カメラから視線を外している。着ているものは上等品だが、飾りも何もなく、ただ白いシャツだ。

「……何処におられるのですか、エルハルトさま」

 幼い頃、失踪した探し人。彼が生きているのかすら定かではないが、彼によく似た青年を見かけたと、出入りの商人が漏らした。

 彼の幼い頃を知っている商人の証言だ。無下には出来ない。

 ゴーウィンは書類を仕舞い、ふっと息をついた。

「戻ろうか。リンくんの言う通り、もう少し人通りの多い所で尋ねよう」

「はい」

「お供しますよ」

 青年二人に頷かれ、ゴーウィンは再びその場を後にした。



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