第209話 思いがけないこと
シンがリドアスの前に降り立ったのは、朝日が昇った頃だった。
「エルハ、晶穂、みんな!」
羽ばたきを聞きつけたサラが、やや乱暴に戸を開けて走って来た。そのままの勢いでシンの背から降りた晶穂に抱きつく。不意を突かれてよろけたものの、晶穂は親友を受け止めた。
「ただいま、サラ」
「お帰り。……って、みんなしてまた怪我してる! それに服もぼろぼろにしてるし……」
「ご、ごめんなさい。サラ……」
晶穂の巫女風衣装は、袖が斬られたり血がついていたりして何とか服の体裁を保ってるというありさまだった。そのような状況は、どの戦闘服も変わらない。
想いを込めて一生懸命作ってくれたことを知っている晶穂は、サラに叱られてしまうのではと怯えていた。
しかし、サラはそんなことを言わない。
視線を彷徨わせる晶穂を真っ直ぐに見て、にっこりと微笑んだ。
「謝らないで。みんなに無事で帰ってきてほしいから、作ってるの。あたしの想いがきちんと空に通じたみたいでよかった」
「うん、ありがとう」
笑みを見せるサラに精一杯の笑顔で応じ、晶穂はサラの手をきゅっと握った。
「ちょっと、晶穂?」
「サラが、一香さんが、真希さんがリドアスで待っててくれるってわかってたから、頑張れたよ。ほんとにありがとう」
「あ、改めて言われると照れるね」
はにかむサラの頭に、晶穂とは別の手が置かれる。
「僕も。サラが待っててくれたから帰って来れたよ。……女の子同士とは言え、妬けるなぁ」
「お帰りなさい、エルハ!」
少しすねてしまったエルハにサラは抱きつき、晶穂は苦笑気味にその場を離れた。
その時、サラに続いて真希と一香も姿を見せる。真希が克臣に駆け寄って、その傷の深さを確認し始めた。
「おい、別に今回は折ったり膿んだりしてないからな?」
「はぁ。それが毎回であればいいんだけどね? ……ほんと、いつも心配するこっちの身にもなってほしいわ」
「いっ! 真希、傷口に触るな。痛いだろうが」
「ちょっとした意趣返しよ。これくらい我慢して」
それに、傷口じゃなくてその周りよ。真希は安堵の表情で、優しく克臣の腕を撫でる。最初は文句を言っていた克臣も、真希の気持ちを感じ取ったのか、最後には黙ってなされるがままになっていた。
一香はシンに駆け寄り、シンの隣にいたリンとも言葉を交わしている。
「全く、目覚めた途端にいなくなるんだから! どれだけ心配したと思ってるの?」
「ご、ごめんなさい。いちか」
「でも、来てくれて助かった。みんな気力体力限界でな、シンが来てくれなかったらまだ向こうで倒れていたかもしれないんだ。だから、そんなに叱らないでやってくれ」
「リン~!」
小さな姿に戻ったシンが、リンにすり寄る。一香は「全くもう」と言いつつ、シンの頭を撫でてやった。
「あなたの機転のお蔭ってところかしら。でも、自分のことも大事にしてね?」
「うん、やくそくするよ」
素直に頷いたシンを「偉い」と誉め、一香はようやくふわりと微笑んだ。
それらを眺めていた晶穂のもとへ、リンが歩み寄ってきた。
「晶穂」
「リン、どうかしたの?」
「別に何もないが……。みんな、よくやったなと思ってさ」
「本当だね。……ようやく、ダクトを倒せたんだ」
「……少しは、気持ちが楽になったか?」
「どうかなぁ」
晶穂はくすりと笑い、風に遊ばれる髪を耳にかけた。
「両親が死んだ過去は、乗り越えられたかどうかはわからない。夢でしか知らない、両親の記憶はないから。だけど、それがなかったらここにはいなかったよね」
「……そうだな」
「だから、一区切りなんだと思う。……ソディールで生きても、わたしを探す人はいないから。そこは安心だね」
何処か寂しげに仲間たちの様子を眺める晶穂に、リンはぼそりと呟いた。
「……もしお前が日本で生きることを選んでも、俺は必ず晶穂を探し出すけどな」
「……うん。わたしもだ」
聞こえるか聞こえないかのリンの言葉は、しっかりと晶穂の耳に届いていた。まさか返答があると思っていなかったリンが赤面すると、晶穂も頬を赤らめて微笑む。
「……えっと……。あと、三日、か?」
空気を変えようと、リンは無理矢理話題転換を試みた。晶穂もそれに応じる。
「うん。リョウハンさんによれば、わたしたちは一日眠ってたらしいし。もう、三日か」
扉が閉じるまで、あと三日。
リンたちはそれぞれ、日本を去るための準備を始めなければならなかった。
日本とソディールが別たれた時、日本での晶穂たちへの認識はどうなるのだろうか。存在したこと自体が消えてしまうのか、行方不明として残るのか。
もしも後者であった場合、せめて退学届やアレスの閉店作業はしておかなければならない。
「レオラに聞いておけばよかったな」
とりあえず一度休もうということになり、各々が部屋に戻った。リンも自室でベッドに寝転がって独り言ちた。
「───忘れさせることも可能だ」
「うわっ?!」
突然話しかけられ飛び起きてみれば、レオラが開け放たれた窓に腰かけていた。リンが文句を言う前に、レオラは再び言う。
「望むなら、日本に置けるおまえたちの記憶、データ全てを消してやろう」
「……それは、一部残すことも可能なのか?」
「ああ。……だが、いいのか? 残すということは、その者は他の誰とも共有し懐かしむことすら出来ない記憶を持ち続けることになるが?」
「……何人か、記憶を持っていてほしい人がいる。だが、残すかどうかは本人たちの意志を尊重してほしい」
リンの言葉に、レオラは黙って頷いた。リンの言う「記憶を持っていてほしい人」に心当たりがあるようだ。軽い動作で窓の外に飛び降りると、リンに背を向ける。
「……もう一つ、お前たちの前に困難が起ころう。それをどうするかは、お前たち次第だ」
「何か言ったか?」
「いや、何も」
あまりに小さな声で、リンは聞き取ることが出来なかった。それなのに、重要なことを言われた気がする。
再びレオラに問おうとしたが、彼の姿は消えてなくなっていた。
晶穂が部屋に戻ると、置いて行っていたスマートフォンのライトがピカピカと点滅しているのに気が付いた。どうやら着信が入っているらしい。
「誰だろ……? 園長先生?」
朝っぱらの折り返し電話は常識としてどうかとも思ったが、この数日で十回もかけてきている。余程急ぎの用事なのかもしれない。
晶穂は通話をタッチし、スマホを耳にあてた。何度目かのコールの後、焦った様子の園長が電話に出る。
「あ、園長先生、おはようございます。たくさんお電話いただいてたのにごめんなさい。はい。はい。……え?」
思わず、スマホを取り落としかけた。それ程に、耳を疑った。
晶穂は園長との電話を切った後、ベッドに座り込んだ。
「……お父さんの妹を名乗る人から、連絡が来た……?」
それは、思いがけない親戚からの「会いたい」という連絡だった。
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