第206話 決着を
全員の力が合わさり白い竜となって、突き刺さった氷柱に到達する。雷のような轟音をたて、氷柱を伝って黒塊本体へとつながる。
ピシッ、ピシピシ……バキッ
「ヴォオオォオォオォォオオオォオオオォッ」
地獄の奥底から轟くような怪音を響かせ、黒いシールドは崩壊した。崩れた壁の内側に見えたのは、こちらを憎悪するような濃厚な気配。そして、崩れそうに脆い魔力の残骸だ。
きっと、最後の一押しになる。
それが、全員の見解だ。リンは力を振り絞り、傍にいた晶穂に手を伸ばす。
「晶穂、力を貸してくれ! 全員の力を再び合わせて、今度こそ討ち取る!」
「―――はいっ!」
晶穂の指とリンの指が触れる。それは瞬時にすべきことを理解したジェイスたちの力が、二人に向けられるのとほぼ同時だった。
リンの剣が姿を変える。十字の
しかし、黒塊も負けてはいない。残った魔力を総動員し、巨大な瘴気の竜巻を創り出した。激しく吹く風に吹き飛ばされそうになったユキと春直を、それぞれ克臣とエルハが支える。
「うわっ」
「くっ。ユーギ、捕まってろよ」
風に飛ばされてきた石片を避けようとして躓いたユーギを、唯文が助け起こした。ユーギは体勢を立て直し、再びリンたちと共に黒塊を見据える。
光と闇の一騎打ちだ。
神殿内は台風並みの風に吹かれ、少しずつ崩壊していく。上部からの落下物は、全て風にあおられて渦に巻き込まれた。
少しずつ、黒い竜巻に圧されていく。リンの剣を持つ手に、静電気を帯びたような痛みが走った。保有以上の魔力を行使するために起こる反動である。
だからといって、手を離してしまっては、今までの全ての攻撃が露と消えかねない。晶穂も手を添えてくれてはいるが、彼女も圧力に対してギリギリの状態だ。
(―――くっ、絶対離すかよ)
すさまじい圧力がかかり、体が後ろへ押されていく。その場に踏み止まろうとするが、リンと晶穂の体重を足しても、ずるずるとずれていく。
「リ、ン……。絶対、離さないから、ねっ」
「勿論、だろ。飛ばされんなよ、晶穂」
絶対に負けない。勝って、必ずみんなでリドアスに帰ってみせる。
この一心で、二人は光の先を見つめた。それでも、前方からの瘴気は止まらない。
全員の力を合わせても、同等なのか。悔しさをにじませかけた時、リンの傍に誰かが立った。銀色の髪が、なびく。
「その思いは、わたしたちも同じだ」
「ああ。この程度じゃ、俺たちの力は終わらねぇ」
「兄さん、ぼくの魔力をもっと乗せるよ」
「おれも、魔刀からもっと力を取り出します」
「ぼくは魔力はないけど、思いは一緒です」
「ぼくだって。一緒に戦ってるんだから」
「僕も、刀で後押ししよう」
「……みなさん、ありがとうございます!」
晶穂が、わずかに声を震わせる。
傷だらけで、血を流して、体はボロボロだ。それでも皆、リンと晶穂に残りわずかな力を貸そうとしてくれている。
リンは、歯を喰いしばる。そして、心の中でダクトに尋ねた。
お前には、自らを省みずに力を貸してくれる仲間はいたか、と。俺の誇りは、お前に屈しはしないのだと。
光に、氷の帯が絡みついた。そして、風のような透き通った力が宿る。
「これでッ、最後だあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
リンの紅い瞳が、紅玉のように輝いた。白く輝く翼はその大きさを増し、リンたち全員を包み込む。それぞれの力と思いを乗せ、一閃の光が威力を増幅して放たれた。
「サラちゃん」
「あ、真希さん。それに明人くんも」
「だあぁ」
ぼおっとリドアスから外を見ていたサラに、明人と手をつないだ真希が話しかけた。
明人はここ数日で歩くことを覚え始め、今もおぼつかない足取りでサラに向かって笑顔で歩こうとしている。
「おっとっと」
「さぁねぇ」
自分のことを『サラねえ』と舌足らずに呼んでくれる明人を受け止め、サラはその小さな体を抱き上げた。
リドアスに来てから色々な人に抱き上げられることが多かったせいか、明人は人見知りをしない。誰にでもフレンドリーな笑顔で向かって行くため、皆が笑顔になった。
「ふふふ、明人は幾つでしたっけ?」
「十一月で二歳かな。話すのも達者になってきたから、これからもっと楽しくなるわよ」
「そう、ですね……」
「サラちゃん?」
不意に表情が沈んだサラの顔を、真希が覗き込む。明人もわかっているのかいないのか、小さな手をサラの頬にあてた。
「どうかした?」
「いえ。……もうすぐ、こんなことは出来なくなるんだろうなって思ったら、寂しくなっちゃいました」
「……私と明人、克臣くんが日本に帰る、と?」
「はい。……それに、晶穂も」
サラは、窓の外を見た。晶穂たちがリドアスを発って、二日目が終わろうとしている。美しい星の瞬きは、今のサラにとっては寂しいものでしかない。
「真希さんは、もう一度実家に帰省するんですよね」
「ええ。明人が立てるようになったこととか報告したいし」
日本とソディールをつなげる扉の全消失まで、残り四日。
真希は明人を連れ、明日一日を彼女の実家で過ごす。克臣もいればよかったが、いつ帰るともわからない夫を待つには時間が惜しかった。
「……真希さんは、やっぱり日本で暮らしますか?」
「……そう思う?」
「はい。もともと、向こうの人ですし、明人くんにとっても、日本の方が安心なことも多いと思います。少なくとも日本なら、魔物が襲ってきて命の危険を感じることはありませんし」
「そうね。……でも」
「でも?」
サラが首を傾げる。彼女から明人を渡してもらい、真希は息子を抱き締めた。
「……私は、私と明人だけが幸せじゃ嫌なの。彼も、笑顔でいて欲しい」
「真希さん……」
「まぁま……」
母親を気遣うそぶりを見せる明人を、真希は優しく撫でた。
サラと真希は、夜空を見上げる。この空の下、激しい戦闘下にある仲間のことを思い、彼らの無事を月に祈った。
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