第205話 突破口

 爆風は過ぎ去った。リンたちの前に残っていたのは、触手を失い蠢く黒い塊のみ。どうやらリンの作戦は成功し、光の魔力によって触手を一掃することが出来たらしい。

 守るものをなくして丸裸になったそれはぐにょぐにょと形を変え、こちらに対して怒っているように感じられた。

 しかし、今が好機だ。

 リンが剣を構えると、ジェイスがナイフを、克臣が大剣を、ユキが氷柱を、唯文とエルハが刀を、ユーギが武術の構えを、春直が爪を、そして晶穂は氷華を構えた。一斉攻撃で片をつけるのだ。

 殺到しても、お互いが仲間の攻撃を受けてしまっては目も当てられない。少しずつずらして攻撃を加える。

 タン。軽やかなステップで、リンはユキとユーギとほぼ同時に斬りかかった。

「おおおぉぉっ」

「だああぁぁぁ」

「はあぁぁぁっ」

 それぞれの技が決まった。

 そう思ったのは、一瞬だった。

 リンたちの体が近付き到達するコンマ何秒か前に、黒塊が脈打ち始めた。そして、絵具を水の中に垂らして溶いたような模様を本体に描き出す。

 ───キンッ

 三人をまとめて弾き飛ばし、更に強固なシールドを構築してしまう。そのどす黒い膜は、水が流れるように模様を動かしている。

「うぐッ」

「うぅっ」

「いったぁー」

 岩壁や地面に叩きつけられ、三人がそれぞれ呻く。晶穂たちが駆け寄ると、痛みを訴えながらも自ら立ち上がろうとしていた。

「リン、ユキ、ユーギ!」

「お前ら、怪我はないか?」

「怪我はしたよ。……へへっ、口の中切ったみたいだ」

 克臣の問いに、ユーギが苦笑いで応えた。彼が袖で口を拭うと、唾液に混ざった血がついた。

 ユキは飛ばされた瞬間に魔力を背後に発射し、勢いを弱めていた。それでも、氷の塊を突き破って背中を打ち付けた。

 パラパラと体から落ちる氷の雫を手で払い、ユキは春直とジェイスの手を借りて立ち上がった。

「ごめんなさい、二人とも。ありがとう……」

「気にしないで」

「春直の言う通りだ。……しかし」

 ジェイスは三人を吹っ飛ばした黒塊を見やり、前髪をかき上げた。

「ここに来て、まだあんな盾を創るだけの余力があるのか」

「……だからといって、ここで諦めるわけにはいきませんよ」

「リンか」

 ジェイスが声を受けて振り返ると、晶穂に付き添われてリンがこちらへ歩いてきていた。幸いにも、黒塊は新たな攻撃を仕掛けては来ない。

「奴は、防御体勢に入ったようです。あれさえ崩せば、光も見えてくるはずです」

「崩す、か」

 全員の目が、黒塊へと向かう。

 あの光の刃を受けてもそこにあり続けるものを、どう崩せばいいのか。塊からはトンネルの中を風が通り抜けるような「コオオォォォォオォ」という音がしている。

 一先ず、と克臣が大剣を地面に突き刺す。カチンッと金属の音がした。

「攻撃は最大の防御とも言うし、仕掛けてみたらいいんじゃないか? それに、ほら」

 克臣の指差す先にある黒塊は、その体内に何かを取り込んでいるのかブラックホールのような形態へと変わりつつあった。

「あれが終われば、きっと魔力が回復するんだろ。その前に終わらせねぇと、真面目にこっちが死んじまう」

「……それが、今の最善か」

 ジェイスは手のひらを黒塊に向け、手の周りの空気を変化させた。彼の背丈を越える大きな弓を創り出すと、いつもの矢を引き絞る。

 ぎりぎりまで引き絞られた弓と矢が震える。ジェイスは照準を合わせ、指を離した。

 パァン

 空気を裂くような乾いた音が鳴り、矢が一直線にシールドへ向かう。しかしそれは通り抜けることはなく、弾き飛ばされて消失する。

 ジェイスは何度も弓を引き、矢を放つ。一本でも突き刺されば、それを軸にシールドを破壊することが出来るからだ。

「……俺もっ」

 幼馴染だけにやらせるのは癪だ、と言わんばかりに、克臣は剣を抜いて走り出した。そしてジェイスが矢で狙い続けているシールドの一点を狙い、刃を叩きつける。

「ぼくも、行く」

「おれも」

「僕も行こうかな」

 春直、唯文、エルハがそれぞれ動き出す。続いて、ユキ、ユーギも。

 それぞれが得意な戦い方で、シールドの正面その一点を狙い続ける。

「俺らも行くぞ、晶穂」

「うん、リン」

 リンと晶穂もそれぞれの武器を手に、仲間たちに加わった。

 リンは魔力をまとわせた剣で遠距離攻撃を、エルハと唯文、克臣は主に近距離攻撃を担う。

 ユーギと春直も肉弾戦に近い近距離攻撃を主にして、そのフォローをジェイスが自らも遠距離攻撃を担いながら行っていく。空気の盾を年少組二人に添わせ、必要に応じてとばっちりを避けさせるのだ。

 ユキは氷柱落としを点に集中させ、尚且つ味方にあたらないよう細い矢の形でぶつける。

 晶穂は仲間の魔力回復に手を貸しながら、一方でいつ来るともわからない黒塊からの攻撃に備えて強固なシールドを設置した。それは黒塊が防御から攻撃に移った瞬間に発動し、黒塊自体を包み込む。そうすることで、シールドの中をのたうち回るダクトの魔力が傷付けるのは己自身のみとなるのだ。

 地味な戦闘だと言えば、そうとしか言えない。防御し続ける相手に対して、こちらは攻撃し続けるのだから。

 リンは魔力の回復を感じつつも、己の体力が限界に近付いていることもまた、感じていた。

 見れば、春直やユーギたちは荒い息を吐きながら攻撃を続けているし、エルハや唯文たちにも疲労の色は濃い。

 更に晶穂は、真っ赤な顔をしてリンたちの魔力を供給し続けている。その足が震えているのは、見間違いではないだろう。

(そろそろケリをつけないと、このまま倒れる。……くそっ、突破口はないのか?!)

「はぁっ」

 リンは力いっぱいに魔力を込め、光の刃を幾つも放った。同時にユキの吹雪が、ジェイスの矢が、克臣の竜閃が放たれる。

 全ての攻撃が同時に一点に集中した。

 ―――ピシッ

「あ、見て!」

 晶穂の指す先、黒いシールドの一部にようやく極小さなヒビが入っていた。全員の心に「よし」と小さなガッツポーズがひらめく。

 しかしすぐに、黒塊はそれを修復しようと魔力を集中させ始める。いち早くそれに気付いたユキが、細い氷柱をその割れ目に突き刺した。

「みんな、ここに向かって力を集中させて! シールドさえなくせば、必ず勝てる!」

「ありがとう、ユキ!」

 遠距離攻撃を得意とする面々が、その力の源を掲げ持つ。近距離専門のユーギと春直は、少しでも自分の力を伝えられるようにとリンとジェイスにそれぞれしがみつく。

 エルハと唯文、克臣は剣撃を放つ構えを見せている。唯文はまだ剣による衝撃波を放った経験はなかったが、先輩二人と共に「必ずやり遂げる」と決めていた。

 晶穂は、神子の力の一部を氷華に宿らせた。これによって、剣撃に似た力を放つことが出来るはずだ。ジェイスやリンと鍛錬を積む中で、芽生えた新たな可能性である。

「行くぞ!」

 リンたちはようやく突破口を見付け、それを決して逃がすまいと全力をぶつけた。

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