第204話 光の刃

 ジェイスの矢によって、黒い塊の放つ触手は移動をある程度制限された。矢は光り輝いているが、それを忌避しているように見える。

 リンは光を嫌うという触手の性質に注目し、あることを試してみようと思い立った。うまくいけば、この鬱陶しい触手を一掃出来る。

「ユキ」

「何?」

 丁度近くに立っていたユキに、リンは小声である提案をした。目を瞬かせたユキは、こくんと頷いてその場を離れる。

 半分の触手を倒したとはいえ、まだその半分が残ってのたうち回っているのだ。ゆっくり会話を楽しむ時間などない。

 ビクン。塊が脈打つ。残った触手以上のものは排出されることはなく、鞭のようにしなってリンたちに襲い掛かって来た。

「―――くっ。往生際が悪いな」

 倒壊した柱に足を乗せ、克臣が呟く。彼の足下には、倒したばかりの中型狼が踏み潰されていた。

 時間を追うごとに、吐き出される魔物の大きさと強さが小さく、または弱くなってきている。これは、ダクトの力が限界に近付いていることの証明ではないだろうか。

 それでも、しなる触手のスピードは衰えない。春直はもう捕まることもなく、ユーギと連携を取りながら一本一本の触手に対応している。

 また、唯文とエルハの連携も順調だ。お互い刀を使う者同士、互いの弱点をカバーしながら魔物を倒している。唯文が後ろを取られれば、その魔物の首をエルハがかき斬る。反対もまたしかりだが、圧倒的経験の差でエルハが唯文のフォローに回ることが多いようだ。

 一方晶穂は自らを囲むようにシールドを張り、触手の攻撃を跳ね返していた。まだ魔力の放出に慣れていないために、粗く無駄な体力を消耗している。しかし、その膨大な力が彼女自身を守ってくれていた。リンも、晶穂を必要以上に気にせずに戦いに集中出来ている。

 晶穂の力で補充され強化されたためか、魔力の枯渇をほとんど感じない。この一行中魔力を保持する魔種の中で最も魔力量の少ないリンは、それを驚きながらもあまり晶穂に負担をかけないよう戦っていた。

 今剣で撫で斬ったのは、巨大な蛾のような魔物だ。鱗粉のような粉を振り撒き、それに触れると痺れを感じる。それを最初に指摘したのは、武闘派のユーギだ。


「リン団長、あの蛾には気を付けて」

「大丈夫か、ユーギ」

「多分、翅から出てる粉が痺れ薬みたいな効力を持ってるみたいだ」

 蛾と一騎打ちした後、足の痺れを訴えたユーギが言った。その指差す先にいた蛾は、ユーギの攻めによって片翅を傷つけていた。ふらふらと飛びにくそうにしている。

「ユーギ!」

 晶穂が、名を呼びながらこちらへ駆けて来る。一時的にシールドを解除しているが、これだけ魔物が減っていれば問題ないだろう。ユーギの傍に膝をつくと、その痺れてうまく動かせない右足に触れた。

「リン、魔物とかが襲ってきたらお願い」

「了解した」

 処置に時間がかかるらしい。見れば、晶穂の手のひらから淡い光が輝いて、ユーギの患部を包んでいる。

 リンは丁度襲って来た触手を目の前で斬り刻み、死角から忍び寄って来た巨大蛇を蹴り飛ばす。ぐしゃりと嫌な音が聞こえたが、気にしてはいけない。

「……できた。ユーギ、動く?」

 晶穂が治療を終え、ユーギに尋ねた。ユーギは足を振ったり曲げたりして感触を確かめると、ぱっと目を輝かせた。

「すごいね、晶穂さん! ばっちりだよ」

「よかった。でも、気を付けてね」

「うん! あ、でもこの戦いが終わるまでは大目に見てね」

 にっと歯を見せると、ユーギは次の敵と手合わせするために駆けて行った。

 それを見届け、リンは「さてと」と剣を構え直した。目の先には、あの蛾がいる。仲間を苦しめた礼をしなくては。

「晶穂。また少し離れていてくれ」

「わかった」

 素直に頷いて離れようとする晶穂に、リンは小さく呟いた。他のメンバーには聞こえない程小さな声で。

「晶穂」

「ん?」

 振り向いた晶穂に、リンは不器用に笑った。顔が赤いのは、戦闘の連続で興奮しているからだ、きっと。

「……この戦いが終わったら、デートしよう。ちゃんと」

「―――っ。うん、嬉しいっ」

 戦闘音の響く中、その瞬間だけ音が消えた。

 はにかむ晶穂を愛しく思いながらも、その約束を果すためにすべきことを、リンは真っ直ぐ見つめ直した。


 ある程度、神殿内の掃除も済んできた。黒塊こっこんはようやく新たな魔物の排出を止め、残りの触手を駆使してこちらを近付けさせないようにしている。

 その激しさが必死さの表れのようでいて、リンたちはこの戦いの終わりを予見した。

(そろそろ、やってみるか)

 リンは剣を杖に持ち替え、離れた場所で今まさに触手を躱したユキに向かって右手を挙げた。こくん、と頷いたユキが手の中で氷の塊が生成される。それは徐々に大きくなり、彼一人分の大きさを越えた。

 やがてドア程の大きさになったそれを、何枚もの板状に砕く。それらを部屋中に空中移動させた。不思議に思ったのか、春直が声を出す。

「ユキ、それは……?」

「ふふっ。見てたらわかるよ」

 キラキラとした板が、黒塊を囲むように配置される。黙って見守っていた克臣たちが、リンとユキの意図を理解したのか目を見張った。

「なるほど」

「考えたね」

「ええ。……さあ、目を閉じてくださいっ!」

 そう注意喚起したリンは、杖に魔力を動員した。それを振り上げ、光の魔力を解放する。光がリンを中心に発し、その光が氷の板に反射する。板が鏡の役割を果たしたのだ。

 丁度、黒塊に全ての光の刃が突き刺さった。

 ―――ヴィイイイイィィイィィイィィイィイィィッ

 金属音のような衝撃音が響き渡る。耳を塞ぎたくなる。実際、獣人であるユーギと唯文、春直は聞こえ過ぎるためか両耳を押さえてうずくまった。

 魔力は爆発を起こす。リンたちはそれぞれ何かにつかまって、その爆風に飛ばされまいと踏ん張った。

 爆風が過ぎ去った時、リンはようやくその目を開けた。

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