第199話 森の神殿へ

 扉をくぐり抜けて出た先にある大樹の森は、黒い雲に覆われていた。

「これは……酷いね」

「うん。シンが苦しむのも無理ないよ」

 ユキとユーギが言い合うのも最もだ。まるで木々を一本一本巻き込むように立ち昇るそれは、吸い込めばむせてしまいそうなほど黒々とおぞましい。毒を帯びているのか、木の葉に元気がないようだ。

 ごくりと喉を鳴らした春直が、ふと思い出したようにジェイスを見上げた。

「そういえば、克臣さんは待たなくていいんですか?」

「あいつは……まだ来ていないようだね。なに、すぐに追いついて来るよ」

 大樹の森の入口に克臣の姿はない。しかし、ジェイスは何も心配などしていなかった。彼の幼馴染は、必ず来ると知っているから。

 リンたちは生き物の気配すらない森の変わりように言葉を失いつつも、ダクトの何かが待つであろう森の中へと踏み出した。

 風がすさぶ。森の中にのみ吹き付けるその風は、侵入者を拒むようだ。

 晶穂は髪を乱れさせるその風に抗いつつ、森の異変に疑問を呈す。

「え……こんなに暗かった?」

「いや。日の光が入る、不快とは言え明るさもある森だったと記憶していたが……」

 奥へ行けば行くほどに、強い気配を感じる。リンと晶穂は顔を見合わせた。やはり、この奥には何かが自分たちが来るのを待っている。

 その時だった。

「おい」

「うわあぁぁぁあっ」

「お、おい。俺だ、克臣だ」

 突然後ろから声をかけられ跳び上がったユーギに、慌てた克臣が名乗りを上げる。自分を驚かせた者の正体がわかりほっとしたものの、ユーギは頬を膨らませた。

「克臣さん、びっくりするから」

「そんなに驚くとはな。……いや、悪かった」

 素直に謝った克臣は、ぽんぽんとユーギの頭を撫でた。その手がいつもよりも優しく感じられ、ユーギは自分の横を通り抜ける克臣を丸くなった目で見つめた。

「克臣さ……」

「さて、ジェイス。こりゃあ一体どういうことだ?」

「どうもこうも。見た通りだよ」

 ユーギの言葉を遮り、克臣はわざとらしく大きな声でジェイスに尋ねた。ジェイスは克臣の心中を理解し、そこには一切触れずに問いにのみ応える。

「一香によれば、シンはこの森の異変を感じ取って倒れたらしい」

「ここに来る前、話は簡単に聞いてきた。……つまり、ダクトの残骸を始末すりゃいいってことだろ?」

 結論のみを乱暴にまとめた克臣に、ジェイスは目を見開いた後に苦笑するしかなかった。全く、この男は。と一人呟く。

「この場面では、そうなるね」

「なら、全員で行こうぜ。やることは一つだが、山積みなんだからよ」

 そう言って笑い、克臣は背中に負った大剣をカチリと鳴らした。


 ジェイスを先頭に、リン、晶穂、ユキ、ユーギ、春直、唯文、エルハ、そして克臣の順で森を進む。草木が進路を妨害し、それは全て切り進む。ジェイスの気弾を使えば遠くまで一気に草刈りをすることも可能だが、そうすれば遠くにいる魔物まで引き寄せないとも限らない。一つずつ刈るのが賢明だ、とジェイスは笑った。

 時折顔にかかる蔦の葉を手でのけながら、晶穂は前を行くリンの背に話しかけた。

「前に来た時は、こんなに鬱蒼としてなかったような……」

「確かに。あの時は獣道みたいな道があったけど、今は刈らなければ進めない」

 異常な植物の成長による、森の閉鎖化。これも魔物の、ひいてはダクトの影響かもしれない。

 ザッ

 ジェイスが空気刃で目の前の草を切った時、その向こうに神殿が見えた。よし、と思った直後、耳をつんざくような叫び声が森を響き渡った。

「ギャアアアァァァァアアァァァァァァアアッ―――」

「これはっ」

「魔物!?」

「くそっ、何体いるんだ!」

 神殿を目の前にして、リンたちは十体以上の魔物に行く手を阻まれた。引き返そうにも、その道すらも閉ざされてしまう。

 黒い山が幾つも蠢いているようにも見える。これまで別の場所で戦って来たものとは、明らかに違う。その大きさも、圧も、魔力さえも。そう簡単には突破させてもらえそうにない。

 丁度躍りかかって来た猛禽類型の魔物の翼に刃を撃ち込んだジェイスは、リンと晶穂の名を呼んだ。それぞれの得物を手にして魔物と睨み合っていた二人は、「はい」と返事をして駆けて来る。

「二人共、ここは私たちが引き受ける。突破口を必ず開くから、二人で神殿に向かって走るんだ」

「え、でもっ」

 自分もここに残って戦ってからでも遅くはないのではないか。晶穂がそう反論しようとすると、それを拒むようにリンが彼女の前に出た。

「……わかりました」

「リン……」

 リンにとって、仲間を置いて先に行くことは、苦痛だ。昔亡くしてしまった友人を思い出してしまうから。同じように喪うかもしれないと恐怖するから。

 それでもジェイスの提案を呑んだのは、今すべきことをわかっているから。

 晶穂は心配そうにリンの顔を覗き込んだが、彼の顔に強い意志を感じて頷く。ジェイスはそんな二人に笑いかけ、安心出来るようにと明るい声で克臣に呼び掛けた。

「ふふっ。―――克臣、やるぞ」

「おうよ!」

 ジェイスと克臣に合わせ、年少組も臨戦態勢を整えた。次々と飛び出していく中で、唯文がリンに呟く。

「おれたちも、すぐに追いつきます」

 そう言うが早いか、唯文は魔刀を抜き放って駆け出した。巨人のような猿の魔物の右腕に斬りかかり、スッパリと落としてしまった。

 見れば、ユキもユーギも春直も、リンと晶穂が一直線に先へ進めるように魔物を誘導しつつ戦う。彼らの思いを無駄にすることなんて、考えられない。

「晶穂」

「! ―――はいっ」

 リンは晶穂の手を取り、引っ張るようにして共に走り出した。

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