残滓との決戦
第198話 シンの伝言
昔から、自分は魔力に恵まれていたと思う。
死んでからも、狩人と呼ばれる者たちが自分を担ぎ上げ、自分自身も彼らの力を欲し利用してきた。
銀の華と呼ばれる者たちがいる。奴らは、我の邪魔をしてきた。
我の家族は、獣人に殺された。それを憎しみ、殺してやると、全滅してやると決意して何が悪い?
大切な人たちを無残に喪わせられ、それを身を刺される思いをしながら悲しむことの、何が悪い。
ジェイスの持つ青い石が、再び鈴の音を発した。リョウハンを通じ、古来種の里の近くにある扉が消えたことを知らされた。
リョウハンは水鏡の向こうで、笑いを堪え切れないという顔をしていた。
「ゴーダによれば、ツユを狙って魔物が現れたそうだ」
「え。それで、大丈……」
「ふふっ。勿論、クロザと二人で滅したと笑顔で言っていたぞ」
「あ、ですよね」
リョウハンの言葉を聞き、リンは苦笑いをした。
ユキたちを呼びに走って戻って来た直後、この通話に呼ばれた。ユキらは支度が出来次第、玄関ホールに集まる手筈になっている。
水鏡を切り、リンはそれに触れて目を閉じた。
クロザもゴーダもツユも、リンたちと一度激しくぶつかり、何とか和解した相手だ。その後連絡を取り交わすことは、ほぼない。今のように他人を通じて近況を知る程度だ。
正直なところ、リンは晶穂を傷つけ春直の家族たちを傷つけ殺した古来種を許してはいない。けれど、彼らもまた大切な者を守ろうとしたこと、ダクトに欺かれ利用されていたことも、今は知っている。
だから許すことは出来ずとも、それを互いに知り理解した上で、関係を築くことが出来る。
ジェイスの手がペンに伸び、地図上の扉を示す点に一つバツをつけた。オセロの石で示していた扉の場所だが、いつでも見られるようにと壁に貼った今では、その方がわかりやすい。
連絡も切ったし、そろそろ出なければ。リンとジェイスが部屋を出ようとした直後、廊下をバタバタと走る足音が聞えてきた。次いで、戸が激しく叩かれる。
「ジェ、ジェイスさん! リンさん! 私です、一香です」
「一香?」
ジェイスが戸を開くと、そこには焦燥感を体全体に漂わせた一香が立っていた。その腕の中には、ぐったりとしたシンの姿がある。驚くリンとジェイスのもとへ、パタパタと足音が近付いてきた。
「リン、ジェイスさんどうし……シン!?」
リンとジェイスがなかなか来ないことを心配した晶穂は、二人の様子を見にやって来た。その直後、一香とシンの姿を目撃したのである。
「晶穂、落ち着け。一香さん、何があったんですか?」
「実は……」
ジェイスの部屋で勧められた椅子に座り、一香は話し始めた。シンはジェイスが受け取り、ベッドに寝かせている。
「私とシンは、中庭でいつも通りに結界に
「風が変わった?」
「ジェイスさん、そうなんです。ざわざわと、いつもとは違う空気を持ち始めて。……それから、シンが苦しみだしました」
ぎゅっと両手を祈るようにを握り締め、一香は目を彷徨わせる。
「どうしたの、と私は訊きました。正直、パニックになりかけていました。するとシンは、『早く伝えなきゃ』と」
「伝える? 誰に何をです」
「リンに、と意識を手放す前に呟きました。何を、まではわからないですけど」
晶穂の問いに、一香はそう答えた。シンの苦しげな寝顔を撫で、涙を堪える表情を一瞬だけ見せる。
「……きっと、ダクトの力を感じたんだと思います。私もそうでしたから。大樹の森で、何かがきっと」
「大樹の森だって!?」
リンの声に、一香はびくりと体を震わせた。驚かせたかと反省するリンの傍で、晶穂が目を大きくしたまま説明する。
「今から、わたしたちも大樹の森に行こうかと話していたんですよ。一香さん」
「……そう、なんですね」
一香はちらりとリンとジェイスを見たが、自分も一緒にそこに行くとは言わなかった。代わりに、シンの体を撫でる。
「私は、シンを見ています。この子の身に、異変のないように。だから皆さん、森をお願いします」
「勿論です。……だけど、一緒に行きたいとは言われないんですね」
正直な疑問を口にする晶穂に、一香はふふっと微笑んだ。
「行きたい気持ちもあるけれど、私では力不足です。私には何かを守る力はあっても、守るために戦う力はありませんから。だから、持ち前のその力で、シンとこのリドアスを守っています」
一香は晶穂の手を取った。
「だから、行って来て下さい」
「―――はい」
一香の思いを精一杯受け止め、晶穂は力強く頷いた。リンとジェイスも互いに頷き合い、三人は一香に見送られる形でリドアスを出た。
そこへ、丁度ユキたちも現れる。リンたちもそうだが、彼らも戦いに即した服に着替えていた。
「兄ちゃん、お待たせ」
「全員揃った、か。エルハさんも服を変えてきたんですね」
「ん? そうだよ。サラが作ってくれたんだ」
エルハの服は、幕末の新選組のような羽織りと袴だ。袴は動きやすさを重視してくるぶし丈にしてある。その黒と藍下黒を基調としたシックなデザインは、エルハの黒髪と茶色の瞳によく合っていた。
「……さあ、行こうか」
皆の支度が出来たことが確認され、リンはすっとリドアスの扉に手をかざした。ここの扉はまだ失われていない。リンは力を使い、大樹の森へと扉をつなげた。
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