第192話 やれることをしよう

「……ごめんなさい。取り乱しました」

 晶穂がそう言って頭を下げたのは、泣き出してから五分後のことだった。それに対して、同行者たちは気にするなというスタンスで応えた。

「気にしなくていい」

「そうだよ。……創造主から聞いた何かが、きみをそこまで追い詰めたんだろうから」

「俺にも関係ある話だろうしな、晶穂」

「……それは、おれにもですよね」

「克臣さん、唯文くん」

 晶穂は小さく頷き、深呼吸を数回繰り返した。リンが彼女の肩に手を置く。

「大丈夫か?」

「うん、大丈夫。わたしにしか話せないから、今話さないと」

 わずかに震える手を背に隠し、晶穂は気丈に微笑んだ。何か言いたげに視線を彷徨わせたリンは、結局何も言わずに一つ頷いた。

「じゃあ、聞かせてくれ晶穂。奴は何を明言した? 内容によっちゃ、俺は真希と明人を向こうへ帰らせる」

 身を乗り出した克臣の言葉に、ジェイスが少し慌てた口調で問い詰める。

「待て。それじゃあお前はどうするんだ、克臣!」

「話次第だな、ジェイス」

「お前は本当に……」

 頭を抱えるというより頭痛を抱えるジェイスに、克臣は「悪いな」と全く悪びれない顔で言う。それから、晶穂に謝した。

「晶穂、出鼻をくじいちまったな。話してくれ」

「あ、はい」

 促されるまま、晶穂は創造主であるレオラから聞いたことを、出来るだけ詳細に話した。ダクトの力が残っている理由前ではわからなかったこと。他世界とつながる扉が開く期間には限界があり、ソディールと日本の交わりはもうすぐ途切れること。そして予想通り、扉が全て消失すれば日本へ行くことは叶わなくなるということも。

「……まさか、本当にそうだと思ってなくて。我ながら、考えが甘かったみたいです。レオラに言われたことが衝撃的過ぎて、涙が止まらなくなっちゃいました」

「晶穂。目、またうるんでるよ」

 サラはそう言って、ハンカチをスカートのポケットから取り出した。素直にそれを受け取り、晶穂は目元を拭った。

「詳しく話してくれてありがとう、晶穂。これで、わたしたちが何をすべきかははっきりしたよ」

「何が出来ないのかも、だな。ジェイス」

「克臣……。まあ、そうだが」

 呆れ顔のジェイスに歯を見せ、克臣は腕を組み直した。

「俺たちの力で扉の消滅を止めることは、おそらく無理なんだろう。だからまず、考えて行動すべきなのは」

「ダクトの力が生み出している魔物を倒すこと、だね」

「そうだな、ユーギ」

 ぴょんと耳を立て、ユーギはベッドの傍に座り込む。そうして、にこりと笑った。

「晶穂さん、大丈夫だよ。いや、大丈夫じゃないかもしれないけど。今すべきことをして、全力を尽くそう? ……そうしたら、何か見えてくるかもしれないよ」

「うん、ありがとう」

 晶穂に頭を撫でてもらい、ユーギは気持ち良さそうに「えへへ」と微笑んだ。その様子を見て、春直とユキも口々に言い始める。

「ぼ、ぼくもやります。あの眠りの病も解決しないとですもんね!」

「春直、ずるいぞ。ぼくだって、これ以上晶穂さんたちが泣くのを見たくないよ!」

「……うん、ありがと」

「さんきゅ。春直、ユキ」

 リンは一瞬目を見張り、次いで微笑んでいた。

 彼らから少し離れたところで、エルハが軽く右手を挙げる。隣のサラを抱き寄せて。

「僕はもう一度、過去に同じような眠りの病や魔物の出現記録がないか、サラと探してみよう」

「ええ、任せて」

「まずは、この大陸の歴史書をあたろうか。お先に失礼するね」

「頼んだ。エルハ、サラ」

 克臣の言葉に見送られ、エルハとサラは姿を消した。

 するとそれまで黙っていた唯文が、ポツリと言葉を零す。

「あの……。扉の限界って、いつになりそうなんですか?」

「唯文兄」

 駆け寄る春直に「大丈夫だ」と手で示し、唯文は真っ直ぐにリンを見た。

「おれは、ソディールで生きます。けど、向こうの友人たちにきちんと別れを言いたいんです。そのタイムリミットを教えてください」

「それは……」

 明言出来る資料がない。口ごもるリンに代わり、ジェイスが答える。

「おそらく、一週間程度だろう」

「一週間」

「そんなに早いのか、ジェイス」

 考え込む唯文と上半身を乗り出す克臣。ジェイスは頷いて、机の上に地図を広げた。もう何度も使用した、ソディール全体の地図である。

 ジェイスはその地図の上に、丸い石を一つずつ置いていく。オセロに使うものだ。

「これ一つ一つが、現在判明している扉の場所だと思ってくれ。サディアたちやテッカさんの協力を得て、この大陸全体で幾つ扉があるのか調べてもらったんだ」

 コツコツと置かれていく石の数は、全部で二十。ユキが思わず声を上げた。

「こんなに……。よく調べられたね」

「流石に、彼女たちだけでは難しい場所も多かったようだよ。禁足地や聖なる場所として祀られているものも少なくないから。そこは地元の人々に話を聞いたと言っていたね」

 確かに、故郷・ホライ村でも神聖な場所として区画されていたな、とユーギは合点した。

「そして、ここが古来種の里にある扉」

「グリゼにも。……って、どうやってそこまで調べたんです?」

「ゴーダが教えてくれたんだよ、リン。そこでも扉が消えて何人も眠っていた時期があったらしい。……勿論、魔物も出たそうだけど、クロザと共に全て倒したとか」

 懐かしくも複雑な心情になる名を聞き、一同の顔色が曇る。しかし何より、ジェイスがゴーダと連絡を取ることが出来るという事実が驚きだ。

「おいジェイス、お前いつの間にあいつらと連絡先を交換したんだ?」

「わたしも驚いたよ。さっきのは、向こうから一方的に送られてきた書面だ。彼らは一度この辺りに来ているから、送ってくることも可能だったんだろう。どうやってわたしたちが扉について調べていることを知ったのか、はわからないけど」

 そう言って、ジェイスはグリゼの石をくるりとひっくり返した。白から黒に変わる。

「ひっくり返すってことは、その扉はもうないってこと?」

「そうだよ、ユキ」

 一つ一つ、ひっくり返されていく。現在判明している扉のうち、半数が既にないとわかった。

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