第190話 白銀の少年

 十数分前。

 リンたちを残して洞窟の奥へと進んだ晶穂は、不思議な感覚に囚われていた。

 何処までも続きそうな輝く水晶の回廊。以前銀の花畑を見つけた際に通った道は、これほど長く感じなかったのに。

「まるで、同じところをぐるぐる回ってるみたい。……ううん、早く会わないと」

 晶穂は、祈るような気持ちで足を動かした。

 同じような景色が続く。水晶が天井や地面から伸び、アーチをつくるように壁を飾る。ここは銀の鉱山ではなかったのか。それとも、水晶も採れたのだろうか。

 時折足下の突起につまずきそうになりながら、ただこの道の出口を目指す。

「早く……早く、会わなきゃ。みんなが足止めしてくれてる間に」

 少し晶穂の息が上がって来た。でも、休むわけにはいくまい。呼ばれたのだから、応えなければ。

 その時、シュッと風を切る音が聞こえた。野球のバットで素振りをするような。晶穂はその音を頼りに、疲れた足に鞭打った。

 上り坂に差し掛かった。傾斜はそれ程でもないが、その小さな坂さえ負担に思える。やがて光が見え、晶穂は速足にそれを目指した。

「……はぁ、着いた」

 ざっと風が吹き抜ける。晶穂の目の前には、銀色に染まった花々が咲き乱れている。

 銀色の花は、季節を問わず咲いているようだ。日光を十分に浴びて、風に揺れている。花々の形はそれぞれで、花弁が四つのものも五つのものも、更に多いものもある。それら全てが、銀色だ。

 晶穂はしばし、陽の光に照らされて煌めく花に見惚れていた。

「あ……。探さなきゃ」

「随分と、我を待たせたな?」

「!」

 びくりと体を震わせた晶穂は振り向くと、そこには少年がいた。白い髪と白い肌。そして透明感のある空色の瞳。夢で出逢った時の目の色は白銀だったが、通常時は空色をしているのかもしれない。

 少年は、瞬きの間に姿を変えた。

「我は、お前たちが伝えてきた創造主」

「……っ」

 晶穂は、息を呑む。少年だった創造主の姿は、瞬く間にリンと同い年くらいの青年のものへと変わっていた。彼の髪と瞳の色は変わらず、真っ直ぐに晶穂を見据えている。その人間離れした美しさに、彼女は言葉を失った。

 それに構わず、創造主は晶穂の頬に手を伸ばした。

「―――やはり、似ている」

「え?」

 誰に似ているというのか。青年の愛しいものを思い出すような優しい表情を目にして、晶穂はそれを口に出すことは出来なかった。そして、晶穂は口を開く前に何かに力強く引き寄せられた。

「きゃっ」

「おい、貴様。軽々しくこいつに触るな」

「リ、リン……」

 不機嫌な声の主を見上げ、晶穂はほっと肩の力を抜いた。どうやら、無意識に緊張していたらしい。背中にはリンの体が密着している。自分に回されたリンの力強い腕が、晶穂を安堵と心地良い緊張に誘う。

 けれど安堵したのも束の間、晶穂はリンの体が傷だらけであることに気付いてしまった。それは、リンの腕から解放されて向き合った時のこと。

 つ、と傷の傍に触れ、晶穂は呟いた。

「リン、怪我してる……」

「あっ……。流石に無傷と言うわけにはいかなくてな。けど、浅いから」

「他のみんなは?」

「先に行くって言って置いてきた。……なんだよ」

 じっと晶穂に見つめられ、リンは視線を外した。晶穂の細い指が、リンの頬に触れそうになる。

「だって、顔、赤いから」

「……走ったからだ。気にするな」

「うん。ありがとう、リン」

 ふわり、と晶穂の顔に笑みが広がる。この人の隣にいれば、自分は何にでも立ち向かえる。晶穂はそんな気さえした。

「さて」

 タイミングを見計らっていたのか、創造主が咳払いと共に言葉を発した。びくりとしたリンと晶穂は、同時に青年に顔を向ける。

 ふん、と創造主は微感情の顔で鼻を鳴らした。

「我は、神子を呼び立てた。しかし、おまけを呼んだ記憶はない」

「ぐっ」

「神子よ、お前に話がある。おまけはその仲間のもとへ飛ばしておこう」

 そう言って、創造主は右手を軽く振ろうと持ち上げた。おそらく、振り下ろされた瞬間に、リンの姿はここから消える。テレポートさせられる。

「―――待って!」

 晶穂は青年の腕をつかみ、懇願した。

「離せ」

「お願いです、待ってください。……わたしは、リンがいなければ、みんながいなければ、ここまであなたを訪ねて来ることは出来ませんでした。だから、彼がここにいることだけは許してもらえませんか?」

「……はぁ」

 創造主は晶穂の行動に軽く目を見張った後、大きなため息を一つついた。挙げかけた手をだらりと下げる。

「外にいた魔物たちだろう。ダクトの残した意志を追ってここまでやって来たはいいが、我の結界を超えることは出来なかったようだ。それで腹いせに洞窟を壊し、お前たちを邪魔したのだろう。……それを放置したのは我だが、見事奴らを越えてきたことを称し、神子の願いを聞こう」

「ありがとうございます、創造主」

「お前、その呼び名はやめろ。こちらではレオラと名乗っている、おまけ」

「……リンです」

 急に殺伐とした雰囲気がこの場を包み、晶穂はどうしていいのかわからず、リンとレオラの顔を交互に見た。

 右往左往する晶穂を安心させようと、リンは彼女の手をキュッと握った。すると晶穂はハッとした顔でリンを見上げ、一つ頷く。少し顔がこわばっているが、確かにリンの手を握り返した。

 晶穂は深呼吸を一つして、創造主―レオラを真っ直ぐ見つめた。

「それで、わたしへの話とは?」

「……」

 レオラが無言でリンを見る。その意図を察し、リンは苦笑した。

「俺は少し離れたところにいますよ。……けど、晶穂に何かしたら許さない」

「承知している。では、神子はこちらへ来い」

「はい」

 一瞬、晶穂の手をリンが強く握った。それからするりと解かれ、離れる。お互い、もう振り返らなかった。

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