第189話 混戦

 ジェイスと春直の前に現れたのは、巨大な虎のような魔物だ。その大きな爪は太い足の先についており、地面をえぐるように踏み締める。きっと、この魔物があの映像の爪痕を残したのだろう。

 ガリッと音がして、魔物が一歩こちらに近付いてきた。

「うっ……」

「春直、行けるかい?」

 頬をひくつかせる春直を気遣い、ジェイスは少年を守るように前へ出た。「はい」と思いの外しっかりとした口調で応じ、春直は猫人の爪を伸ばした。

「行きます。ぼくは、約束したんです。……もう、逃げてうしなうのは嫌だ」

「その意気だ」

 微笑し、ジェイスはその場の空気から武器を創り出す。最も得意とする、ナイフと言う名の飛び道具。十数本を円状に並べた。

 まず春直が敵前に飛び出し、魔物の目を狙って攻撃を仕掛ける。それが軽く躱されると、今度はジェイスの放った刃が魔物の目元をかすめた。勿論、それくらいでは致命傷にはならない。

「てやぁっ」

 春直は、再び地を蹴った。目指すのは、魔物の急所。


 克臣は乾いた唇を下で濡らし、大剣を構えた。隣では小柄な少年が、武術の構えを取ってそこにいる。強い意志をみなぎらせたユーギの瞳は、真っ直ぐに魔物を見据えている。

 かちり、と大剣が鳴った。

「ユーギ、ここを鎮めるぞ」

「勿論。創造主さまに会わなきゃいけないからね」

 じゃり、とユーギが踏み締める大地が音をたてる。それを合図に、二人は飛び出した。

 彼らが相手をするのは、筋骨たくましい大型猿の魔物である。その太い腕が振り下ろされ、岩を砕く。間一髪でそれを逃れたユーギが近くの岩場に片膝で立つと、そのすぐ下にいた克臣が「ユーギ」と呼んだ。

「何、克臣さん」

「今更だが、お前がそういう物言いをしてくれるから、肩ひじ張らずにいられる」

「何言ってるのさ?」

「……ふっ。戯言ざれごとだ」

 克臣はその場で数度跳ねると、一気に地を蹴った。

「お前らくらいの年だと、悪ガキくらいが丁度いい」

 克臣の大剣が、魔物の腕を捉えた。


「ユキ、あれを捕えるよ」

「はいっ」

 唸り声を上げる魔物の片眼を傷つけ、エルハとユキは右腕を使用不可とするために動いていた。

 二人が対峙しているのは、熊のような魔物だ。和刀で左目を潰され、それでも手当たり次第に両手をぐるぐると振り回している。あの腕にまともにあたれば、吹き飛ばされて大怪我を追うのは目に見えている。

 エルハは細身の和刀を構え、ちらりと隣に立つユキを見た。

 この少年と二人で何かを相手取るのは初めてだな、とふと思う。出会った当初は団長の弟ということでどう扱うべきかわからないものだったが、今では魔力の強さと素直な性格を知り、他の年少組と同じように接することにしている。

「ユキ、きみの力を借りるよ」

「はい。ぼくが足元を凍らせます。その隙に叩いてください」

「オーケー」

 ユキの右腕から冷風が起こり、手を敵に向けることで風がそちらに吹いていく。冷気が魔物の足を捕らえ、勢いよく氷漬かせていく。魔物は逃れようと暴れるが、氷が壊れた傍から新たな氷が生まれる。

 やがて、魔物の足は完全に拘束された。

「これで、終わりだ!」

 エルハの和刀が、宙を切り裂いた。


 四か所で同時に始まった戦闘は、激しさを増す。魔物を圧倒しつつあった。

 晶穂の横を駆け抜けたリンが、跳躍して狼のような魔物に斬りかかった。次いで唯文が、魔物の心臓を狙って刀を振るう。

「―――よしっ」

 手応えを掴み、唯文が刀をより深く突き刺す。狼は「グルルゥ」と赤い瞳でこちらを睨みつけた後、その場にドウッと倒れ動かなくなった。

「行け、晶穂」

「うんっ」

 魔物が黒い煙にならないところを見ると、まだ倒したとは言えない。せいぜい、動きを止めたという程度。

 しかしリンは、晶穂の背を押した。

 何も聞かず、振り返らない。背後では新たな戦闘音もする。それでも、晶穂は走った。

(わたしが創造主と直接会って、魔物を全て消滅させるための方法を聞き出すんだ。そして、扉について知っているのなら、何か得たい)

 晶穂の前に、巨大なトカゲのような魔物が立ち塞がった。蛇のように長く伸びる舌を駆使し、彼女を捕らえようとする。晶穂は矛を地に刺し、それを支えとして跳躍する。舌を躱し、こちらにのしかかってきた魔物の腹の中心を切り裂いた。

「フグォ……」

 倒れると同時に煙となって、魔物は消える。

「よし」

 晶穂はほっと息をつき、リンに親指を立ててみせた。リンもまた、別の魔物を相手にしながらこちらを見て頷いた。

 走る晶穂の姿は、洞窟の更に奥へと消えた。


「―――おい、晶穂は行ったのか?」

 荒い息を整えながら、克臣が誰とはなしに問う。それに応じたのは、彼の近くで起き上がった狼と再び対峙しているリンだった。

「行きましたよ。……もともと、呼ばれたのはあいつだけですから」

「そうだな。けど、お前も行きたかったろ」

「そんなことは、ないですよ」

「……リン、剣を強く握り過ぎだ。それじゃ、しなやかに振るえない」

「ジェイスさん」

 固く握り締められていたリンの拳に触れ、ジェイスは指を緩めさせる。それからぽんぽんとリンの頭を撫でると、振り向きざまにもう片方の手を軽く振った。

「グッ……。アァアアアアァッ」

 虎の鼻先にナイフを叩きつけ、ジェイスは微笑む。刃は見事に目標を捕らえ、魔物は悲鳴を上げて倒れ込んだ。

「……ふう。これで、何体?」

 春直は一度爪を仕舞い、パンパンッと手をはたいた。彼とジェイスの前には、魔物が一体横たわっている。

 同様に伏した魔物から刀を抜いた唯文と、その向こうで刀の血振りをしたエルハがこちらへと歩み寄る。ユキとユーギもかすり傷程度を負うのみに止まり、リンを安堵させた。

「兄ちゃん」

「何だ、ユキ」

 リンが問い返すと、ユキはキョロキョロと周りを見渡してから口を開いた。

「今、ここにダクトの気配は薄いよ。このまま奥へ進んで、晶穂さんと合流しよう」

「ああ」

 弟の頭を撫で、ふとリンは洞窟全体を見た。巨大な魔物たちが暴れて壊れた壁、その後の戦闘で崩れた岩や天井。地震でも起こったかと思わせる状況を元に戻すのは、難しい。祠が無事であるのは、奇跡的だろう。

 リンが洞窟の現状を気にしていることに気付き、ジェイスはわずかに口端を上げた。

「大丈夫。祠は壊れていないし、これ以上天井が壊れることは……ないと思う。銀の花畑へ行こう」

「はい」

「……以前の洞窟の風景は、この場所が長い時間をかけて創り上げてきたものだ。自然とは、刻一刻と変化していくもの。またいつか、本来の美しい姿を見せてくれるだろう」

 その場しのぎの取ってつけたような言い方になってしまったね。そう言って、ジェイスは笑った。少しでもリンの心が軽くなるようにという気遣い。

「行きましょう」

 振り向きざま、リンは襲い掛かって来た魔物に一閃を食らわせた。


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