第188話 瘴気に立ち向かえ

「よっと」

 洞窟の床に克臣の足がついた。入り口は地面と地面を平行に結んでいるものではなく、地盤が崩れたのか、洞窟内の地面は外のそれよりも下にあった。全員、跳び下りるようにして洞窟に入ったのだ。

 光の洞窟内には大きな岩や割れた岩が散乱し、前回以上に荒れていた。歩いて行くと、ジェイスの先祖が祀られた祠は無事にあり、ほっと胸を撫で下ろした。

「またお前に暴れられたら、今度こそ生き埋めになるだろうな。ジェイス」

「そうならないよう祈るよ。最も、先祖の力はわたしの中にも同化しているから、わたしが望まない限り暴走することはないはずだ」

「それを聞いて安心したぜ」

「ふふっ。この容姿に誓うよ」

 ジェイスは自身の白い髪に触れ、淡く微笑んだ。その笑みを遠目に見て、唯文が呟く。

「あれじゃ、町で騒がれるのも無理ないよな」

「うん。……天然、なのかな?」

 以前ジェイスと共に町に買い出しに出た春直が、その時のことを思い出して苦笑する。あの時は、町の女性たちの甲高い悲鳴が耳をつんざいたものだ。

 そんな会話を時折挟みつつ、リンたちは洞窟の最奥部へと差し掛かろうとしていた。銀の華畑まであと一息である。この先は、光り輝く水晶が群生する清い場所だ。

 しかし。

「……」

「リン?」

 足を止めて険しい表情を見せるリンに、晶穂がどうしたのかと尋ねる。

「気配がする」

「気配? ……あ」

「わかるか?」

「うん。かすかに、瘴気みたいな」

 その気配には、全員が気付いた。ジェイスと克臣、エルハは年少組を守るように立ち、青い顔をしているユキを唯文が支える。

「……兄ちゃん。ダクトの気配、濃い、よ?」

「わかった。無理だけは、するなよ」

 長い時間をダクトの仮身として過ごしてきたユキの体は、今もダクトと共鳴しやすいという性質を持っている。そのユキが言うのだから、この先に待っているモノについては想像がつく。

 ダクトの思念によって生まれた魔物だろう。光の洞窟の一部を崩したのも、それが原因とみて間違いない。

 リンは、一瞬迷った。苦しげなユキと年少組を置いて行くか否か。代わりに晶穂を待機させるか否か。けれどその迷いには、前者を選ぶという選択肢はなかった。

「……っ。兄ちゃん、ぼくらも一緒に行くから」

「わたしも。創造主に呼ばれたわたしが、待っていてどうするの?」

「お前ら……」

 リンの目の前には、氷の力をまとったユキと、氷華を携えた晶穂が立っている。

 判断に迷ったリンの目に、二人の兄貴分の姿が映る。彼らもそれに気付き、顔を見合わせた。そして、リンの横まで歩いて来ると、両側から同時に背中を叩く。

「痛っ」

「行くぞ、リン」

「わたしたちがやるべきことは、何だい?」

 痛みを堪え、リンは二人の問いに答えた。迷いを振り払った、真っ直ぐな目で。

「―――魔物を倒し、創造主に会う」

「じゃあ、進まないとね。大丈夫、ユキはつよ」

 エルハの言葉に、リンは頷いた。


 水晶の森は、今や黒に染まっていた。何頭もの魔物が巣食い、我が物顔で蠢いている。銀の花畑は、この先にあるのに。

「……でかい」

 物陰に隠れ、状況を窺っていたユーギが呟く。一見しただけでも五頭は視認出来る。

「十、はいないくらいだね」

「一人一頭は厳しそうだ。二人一組で行こう。……わたしと春直、克臣とユーギ、エルハとユキ、リンと唯文ってことになるけど」

「わたしは大丈夫ですよ、ジェイスさん。奇数ですし、わたしは隙を見て花畑に向かいます」

 ジェイスの迷いを見て取り、晶穂は自らそう言った。

 実際、晶穂は決して弱くはない。リンやジェイスに手伝ってもらいながら矛を使いこなす鍛錬を続け、幾つかの実践も経験している。驕るつもりはないが、大切な仲間たちの足手まといにはなりたくなかった。

 晶穂は微笑む。

「だから、みんなは魔物に集中してください」

「晶穂……」

「なら、任せよう」

 リンの言葉をあえて遮り、ジェイスは微笑んだ。晶穂は頷くと、手に握った氷華を構えてみせた。

(俺は、まだまだらしい)

 リンは軽く苦笑すると、「唯文」と呼んだ。

「お前は、俺とだ」

「わかりました」

 唯文は魔刀を構え、魔物たちの唸り声のする方を見た。

「あれらを倒して、扉の手掛かりをつかみましょう」

「だな」

 唯文の瞳が、闘志に燃えている。学校へ行き、帰って、これまで戦いと準備を繰り返してきた。その中で、彼にとってもう一つ大切な者たちとゆっくり話す機会は持てただろうか。そんな考えがリンの中に浮上する。口にする前に、唯文がぼそりと言った。

「リンさん。おれ、天也に話してきました。……おれが日本人ではなく、地球の住民ですらないということを」

「そうか」

「あいつら、もっと驚くと思ったのに。軽蔑されると思ったのに。……何て言ったと思います?」

 視線を敵に固定したまま、呟くように尋ねる唯文。リンが口を開くより早く、彼らの背後からの声が答えた。

「『だからどうしたんだ?』『目の前にいる唯文は、唯文なんだろう?』とかな」

「正解です、克臣さん」

「俺も昔、ジェイスに言ったからな。同じようなこと言われた時」

 苦笑気味の唯文の頭を、克臣は撫でた。唯文はされるがままだ。

「おれの方が驚きました。何でそんなことが言えるのか、なんて思って。けどきっと、おれも天也の立場なら言うんでしょうね、同じことを」

「だろうな」

 その時リンたちの気配に気付いたのか、魔物の何頭かがこちらに向かって来た。リンたちは手筈通りに分かれ、魔物に向かい合う。

「―――だから」

 リンの隣で、唯文が刀に力を籠める。抜き身を撫で斬るようにして、言った。

「あいつらとのつながりを、簡単に諦めたくないッ」

「同感だッ」

 肯定の意を示し、リンは唯文の後に続く。少し視界を広げれば、他のメンバーたちもそれぞれの戦いを始めていた。

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