第186話 崩落

 早速準備をして出発しようとした矢先、水鏡に連絡が入った。リンが水鏡の前に立つと、リョウハンとイズラの姿が映し出される。

「お二人共、お久し振りですね。どうされたんですか?」

「どうもこうもないぞ、リン団長。お前たちが行くであろう地の一つが、今ちょっと大変なことになってるんだ」

「大変、とは?」

 イズラの焦った声に問い返したリンに、リョウハンは「こいつを見ろ」と右手のひらを差し出した。そこに小さなテレビ画面のように映像が浮かび上がる。

 映し出されたのは、何かが暴れて壊されたような状態の洞窟。まさに今から行こうとしていた光の洞窟の映像だった。

 リンを始め、皆の顔がこわばる。

「これは……」

「地震でもあったのか?」

「いや、そんなことは聞いてないよ」

 エルハの言葉に、ユーギが首を振る。そして何かに気付き、指を差した。

「ここ、何かが引っ掻いたみたいな跡がある」

「本当だ。……大きな獣の爪痕みたいだな」

 唯文は呟き、春直を呼ぶ。

「何?」

「ちょっと爪を出してみてくれよ」

「え? うん」

 素直に頷いた春直は、両手の指を広げた。

 猫人は両手の爪を伸ばし、武器として使うことが出来る。犬人や狼人に脚力や腕力と言う武器があるのと同じことだ。

 春直の爪は子どものためにまだまだ細く短いが、それを映された爪痕に沿わせる。すると、猫よりも太くて固いもので削り取られていることがわかった。

「これは……猫系ではないんだろうな」

「ええ。けど、大きな爪を持つ獣。しかも、洞窟を壊すほどの力がある」

「危険鹿感じねぇな」

 克臣とリンが言い合い、鏡の向こうでリョウハンとイズラも頷いた。

「そうだね。……なんだい、あんたたちはここへ行くつもりだったのか?」

「ええ、そうなんですよ。リョウハンさん」

 代表してジェイスが、晶穂の見た夢の内容を簡潔に話す。

「へえ……。創造主に夢の中とはいえ会えるなんて。神子の名は伊達じゃないってことか」

「聖血の矛は、使いこなせているとは言えませんけどね」

 リョウハンの言葉に自嘲気味に微笑む晶穂に、リンは首を横に振った。

「あれは、お前の命を奪いかねないものだ。……出来るなら、別の手段を取ってほしい」

 我儘を言ってすまない。そう呟くリンに、晶穂は目を丸くした後にふっと細めた。

「ありがとう。でも、いつかきっと使いこなせるようになる。今は、リンに貰った矛と一緒に強くなるよ」

「ああ。……俺も、負けてられんな」

「――こほん。今はいちゃつく時じゃないよ、お二人さん」

「「!!」」

 イズラの咳払いと苦笑に、二人は同時に互いから体を離した。ジェイスらは日常として慣れているため、温かい目で見守っている。リョウハンは一瞬呆れた表情を見せたが、話題を戻した。

「正直な話、今、光の洞窟は立ち入り禁止区域だ。崩落が更に進むことも考えられる。だが……」

「君たちは行くんだろう? 創造主が待っているんだから」

「―――はい」

 リョウハンとイズラの言葉に、リンは強く頷いた。

「呼ばれたのは、晶穂一人です。だけど……独りでは行かせません」

「うん。何より、置いて行くなんて許さないよ?」

 リンとユキが言い合い、兄は晶穂の頭にぽんっと片手を乗せ、弟は晶穂の手を握って微笑んだ。

「子どもだからって、置いて行かないでよね?」

「ぼくだって、無力じゃありません」

「おれも、役に立ってみせます。この刀と」

「ぼくの猫人の力で、リンさんたちの助けになりたい」

 ユキに続き、ユーギと唯文、春直も決意を新たにする。彼らの頭を撫で、ジェイスと克臣、そしてエルハは苦笑した。

「何か、わたしたちが気迫で負けそうだ」

「俺は負ける気なんてないぜ? 必ず、魔物を滅して奇病を終わらせる」

「……そして、僕らの世界と向こうの世界が再びつながるよう、努力しましょうか」

 エルハの言葉は、晶穂と克臣の心に重く響いた。そして、日本につながりを持つリンと唯文、それにエルハ自身にも突き刺さっていた。

 皆の決意を聞き、リョウハンの唇が弧を描く。彼女の隣に立つイズラが、目を丸くした。

「どうしたんですか、リョウハンさん」

「いや。面白くなってきたなと思っただけだ」

 そう答えるが早いか、リョウハンはピーッと甲高い指笛を鳴らした。

 すると、何処からか獣の唸り声が響く。水鏡の向こう側に、リョウハンの従える白虎のリヨスが現れるのかと思いきや、その様子はない。

 リョウハンはニカッと笑い、言い放った。

「リヨスを洞窟に向かわせた。あいつが通れるようにしてくれる」

 何せ、白虎だからな。と、何とも言い難い言葉を最後に、水鏡は切れた。

「……だ、そうです」

「すげーな、リョウハンさん」

 くるりと振り返ったリンに、克臣が素直な感想を吐く。

「白虎が岩どけてくれるなんてよ、贅沢だな」

「全てリヨスに任せるわけにはいかないだろう。わたしたちも、早く行って出来ることをしよう」

 そう言って、ジェイスはシンを呼ぶために一度退出した。巨大な龍の姿を真として持つ小さな龍ならば、リヨスと共に大きな力となってくれるはずだ。そして、シンはリョウハンの弟子でもある。


「おまたせ! さあ、ボクの背中に乗って」

 真の姿に戻ったシンが、リドアスを出たところにある空き地で待っていた。

 次々とシンの背中に飛び乗るリンたちの姿を、リドアス内から見つめている少女がいた。彼女の猫耳が少し垂れる。

「応援と言うか、見送りに行かなくてよかったの?」

「一香……」

 背後に一香がいたことに、サラは全く気付いていなかった。「驚かさないでよ」と苦笑して、彼女はこくんと頷いた。

「いいの。……エルハも晶穂もみんなも、必ず帰ってくるから」

「ええ、そうね」

 祈りのために戻るという一香を見送り、サラは昨夜エルハと交わした会話を思い出していた。

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