神様探し

第185話 銀の咲く場所へ

 翌日、リンたちは東のリューフラへと向かっていた。目指すはその更に先、ロイラ砂漠の向こう側にある『光の洞窟』だ。

 何故、その場所を目指すのか。その理由は、昨夜晶穂が見た夢にある。

 昨晩、神が立ち寄りそうな場所を数か所ピックアップした。

 一つ目は、最初の目撃情報が出たホライ村。そしてシンが眠っていた大樹の森。この森は神聖な場所として有名であり、空気が澄んでいる。清らかな気の満ちる場所には、神々しいものが惹きつけられるのではないか、という理由だ。最後は、銀の華畑のある光の洞窟である。

 三つのグループに分かれて探索しようかというところまで決定し、皆自室で休んだ。晶穂は眠った後、不思議な空間に立っていた。


 最初は、洞窟の中にいるのかと思った。何処までも暗く、視界は不明瞭。土のにおいがした気がする。

「ここ、何処?」

 しかし、出入り口の光は見つからない。妙に反響する空間で、呟くことしか出来ない。

 夢であることは、頭でわかっていた。それ以外は全くわからないわけだが。いつ目覚めることが出来るかも。

 晶穂はとりあえず、一歩踏み出してみた。

「道はある、か」

 そのまま進み、歩き続ける。何にもぶつからないし、つまづくこともない。

 景色があまりにも変化せず、晶穂は不安でいっぱいになり立ち止まった。そしてその不安を打ち消すように、今最も会いたい人の名を呟く。

「―――リン」

 声に出しても、本人が現れることはない。わかってはいても、晶穂の胸は寂しさを生む。

 その時、聞いたこともない重々しい声が響いた。

『それが、お前の最も失いたくないものの名か……?』

「誰っ?」

 晶穂は声を頼りに、それを発した者がいるであろう背後を振り返る。

 そこには、少年が立っていた。白く裾の長い衣装に、ぼんやりと輝く白い髪。暗闇の中にありながらも、その大きな瞳は白銀に光る。

 少年の容姿をまじまじと見て、晶穂はあっと声を上げた。

「もしかして……」

『我に会いたくば、銀の咲く場所へと来い』

 白い少年は晶穂の言葉を遮り、それだけを告げた。晶穂は聞き返して首を傾げる。

「銀が、咲く場所?」

 それは何処にあるのかと訊く前に、少年は忽然と姿を消した。

「……」

 少年の方へ伸ばした晶穂の手の行き場はなくなった。その手を下ろし、上を見た。

 相変わらず、何もない。音もしない。あるとすれば、自分の呼吸音と心臓の音。

 晶穂はせわしなく動く心拍を両手で押さえつけながら、白い少年に言われた言葉を繰り返した。

「……銀の咲く場所へ来い」か。

 その時、何処からか晶穂の名を呼ぶ声が聞こえてきた。上からかと思い手を伸ばすと、何か暖かいものに引っ張り上げられた。


「……きろ」

「……?」

「起きろ、晶穂っ」

「……え?」

「起きたか、おはよう」

「おは……」

 晶穂は目を瞬かせた。きょとん、と何が起きたかわからないという顔をしている。

 当然だ。彼女がいるのは自室のベッドの上で、目の前に立っているのはこの部屋にいないはずの青年なのだから。サラが作った戦闘服を着ている。青が映える、軍服のような衣装だ。

 晶穂の部屋にいることが不自然であることは、青年側もよくわかっていた。

「朝から悪い。なかなか起きて来ないから、ジェイスさんに見てくるよう言われたんだが……」

「えええええええぇぇっ!?」

「……いや、聞けよ」

「反応うっすいよ!?」

 晶穂は顔を真っ赤にして突っ込むが、リンは少しバツの悪い顔をして横を向いてしまう。「うっさい」という呟きが漏れた。

「察しろ。っていうか、俺は起きてるか見るだけのつもりだったんだぞ」

「?」

「なのにお前が……寝ぼけて俺の手を握ってくるから」

 どうしようもなくなった。そう言われ、晶穂はゆっくりと自分の手を見る。

 確かに、リンの手をしっかりと握っていた。夢の中で伸ばした手は、彼の手につながってしまったらしい。

「ごっ、ごめんなさい!」

「別に、構わない。……廊下で待ってる。着替えて来い。食堂で予定確認がてら朝飯食うぞ」

「わ、わかった。……あっ」

 ドアノブに手をかけたリンに、晶穂はみんなに話したいことがあると伝えた。

「だから、わたしに時間をください」

「わかった。……さっさと支度しろよ」

「うん」

 戸が閉まると同時に動き始め、晶穂は五分で支度を終わらせた。各部屋に手洗いシンクもシャワー室も完備されているリドアスは、急いで準備しないといけない時にその有り難さがよくわかる。

 顔を洗って寝間着からサラの作ってくれた巫女風衣装に着替え、晶穂はリンの前に立った。

「お待たせしました」

「案外早かったな。じゃ、行こう」

 こちらに背を向け歩き出すリンの後を追い、晶穂は少し歩幅を広くして追いかけた。

 食堂では朝食ラッシュが終了し、ポツンポツンと人影が残る程度となっている。

 起床以来真面に時計を見ていなかった晶穂が壁掛け時計を見ると、午前八時を針が差そうとしていた。

 二人が向かう先には、ジェイスや克臣を始めとしたいつものメンバーが揃っていた。晶穂は小走りに駆け、ぺこりと頭を下げる。

「ごめんなさい、わたし寝坊しましたよね」

「いや、来るのが遅かったわけでもないから気にしないでいいよ」

「ああ。俺たち含め、みんな早く来過ぎなんだよ。今の今までは結構な人数が食堂にはいたから、真面に話せるのは今からだ」

 ジェイスと克臣に次々とフォローされ、晶穂は顔を赤くした。

 それから晶穂は、朝食におにぎり二つと味噌汁を取りに行った。それらに手を付ける前に、昨夜から夢を見ていたのだと話す。

「夢?」

「どんな夢だったの、晶穂さん」

 リンとユキが同じ角度に首を傾げ、晶穂は内心苦笑した。それから一口だけ味噌汁をすすり、「あのね」と語り出した。

「真っ暗な中、ずっと進んで行くんです。何処まで行っても景色は変わらない。しばらく行くと、何処からか声が聞こえてきて、振り返ったら……男の子がいました。白い髪に白銀の瞳を持つ少年が」

「それって、本にあった創造主ですか……?」

 唯文の問いに、晶穂は「おそらくね」と曖昧に頷く。

「彼が言ったんです。『我に会いたくば、銀の咲く場所へ来い』と」

「銀の咲く……。咲く、ということは花。銀の華、か」

「うん。わたしもそう思うよ、リン」

 一斉に、皆の目が地図の一点に集まった。ロイラ砂漠の更に東に位置する、光の洞窟に。

「ここ、ですね」

 春直の呟きに、ジェイスが複雑そうな表情を見せる。そのジェイスに、克臣が茶々に見せかけた気遣いの言葉を放つ。

「ジェイスには、あんまり良い思い出がないんじゃないか?」

 克臣の言葉の意味を理解した上で、ジェイスは首を横に振る。

「いや、そうでもないよ。あの場所でわたしは両親に近付くことが出来たし、縁ある人々の苦しみを知ることが出来た。……銀色の花が咲き誇る様子は、絶景だったしね」

「そう言うなら、いいけどな」

 呵々かかっと笑い、克臣は表情を改めた。人差し指で洞窟を指す。

「……で、目的地は一つに絞られたわけだ」

「光の洞窟。そこに、創造主がいる」

 リンの言葉に、一同は頷いた。

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