第184話 現れる魔物

「本当に最近のことだ。一か月も経ってないんじゃないかな。トースの神殿があった場所で、黒い獣が多く目撃されるようになった。誰かを襲うわけでもなく、ただそこにいた。人々は気味悪がって寄り付かなくなったよ」

 ヴェイラスは遠い目になって続けた。

「やがて、大陸の幾つかの場所で眠り続ける病が発生していると噂で聞いたよ。そこでも黒い獣が発見されていることも。更に、眠っている人は襲わず、外からやって来た人を襲うともね」

「ぼくらもホライで出会いました。確かに、妹たちは襲われていなかった」

 ユーギの言葉を聞き、ヴェイラスは「おや」と目を瞬かせた。

「きみはホライ村の出身かい? ユーギくん」

「はい。そこにも黒い獣――魔物は現れました」

 ユーギの言葉に頷き、ジェイスは苦笑気味に自らの経験を思い出した。どうしたのかと首を傾げる仲間たちに、「実はね」と続ける。

「わたしとエルハは、ここでトースの神殿跡で魔物と戦ったんだ。四つ足の獣の姿をしていたよ」

「えっ」

 すると、ヴェイラスも首肯する。

「ああ、その様子は見たよ」

「……マジっすか」

 驚くリンたちに、ジェイスとヴェイラスは頷いて応じる。ジェイスに頼まれ、エルハが出会った獣について簡単に説明した。

「四つ足の魔物は、体長五メートルくらい。狼でも猿でもなかったな。背後から襲われたけど、足を斬ったら流石に倒れてくれたよ」

「ものすっごく簡潔だな、エルハ」

「克臣さん、一頭でしたから。……ですが、ダクトにつながるものは何も」

 首を横に振るエルハの肩を、克臣は「すぐに出て来るなんて、誰も思っちゃいないさ」とたたいた。

「それよりも、お前らが無傷でよかったぜ」

「そうですよ。お二人に何かあったら、おれたちは前に進めなくなります」

「ふふ、大丈夫だよリン。少々のことじゃくたばらないから。わたしも、エルハも」

「ええ、その通りです。僕らを誰だと思ってるんだい、リン」

 ジェイスとエルハの両方から励まされ、リンは顔を赤くして頷いた。

 それからヴェイラスは気を利かせ、

「奥で仕事をしてるから、何かあったら呼んでくれ。寝室の案内が必要な時も」

 そう言って引っ込んでしまった。

 これからどうするのか。明確な方向性が定まらない中、静かな室内で、晶穂が「リン」と呼んだ。

「あの物語のこと、話さなくて良いの?」

「あの……? あっ」

 そうだったなと言いながら、リンは少し居住まいを正した。二人の様子を見て、克臣が首を傾げる。

「どうしたんだ、リンも晶穂も」

「……ここへ来る前、晶穂と二人でホライの少女が見たという白い人影について考えていたんです。その中で、『古神事』に行き当たりました」

 リンは物語の内容を、掻い摘んで話した。白い少年に助けられた男の話を。

 しばし、誰も何も言わなかった。リンと晶穂以外が呆気にとられる中、唯文がようやく驚きを声に乗せたままで口を開いた。

「じゃあ、その女の子が見たのは神様だったってことですか? あの創造神話の?」

「うん、そうなるんだと思う」

 晶穂はそう応じた。

「わたしもリンも驚いたけど……。でも、これで何をすべきかっていう目標は定まった定まったよね」

「……神様を探せ、かぁ」

 ユーギが嘆息するように呟く。雲をつかむような話だと、苦笑いする。

「そうは言っても、あてなんてないじゃないですか」

「唯文兄の言う通りです。この世界の創造主を探すなんて、可能なんですか?」

 唯文に続いて春直も疑問を呈する。その当然の発言を受け止め、リンは応じる。

「二人の言うことは最もだ。けど、可能か不可能かの話じゃない。……やらなきゃいけないんだ」

 リンは無意識に拳を握り締める。

「ホライにオオバ、コラフト。眠り病は一旦鳴りを潜めたが、扉は消えたままだし、消えて行く。さっきもジェイスさんとエルハさんが魔物と対峙したとか。……ダクトの思念を絶たなきゃいけない。そのために、創造主と会うことは絶対条件だ」

「リン」

 きつく握り締められた拳に、晶穂の手が添えられる。その温かさが、リンの焦燥を少しだけ和らげる。一つ呼吸し、リンはその場で頭を下げた。慌てた克臣が止めようとするが、リンは顔を上げない。

「おい、リン!」

「無謀なのは承知です。けどこれは、俺一人でも晶穂と二人でもきっと出来ません。……ソディールを闇に堕とさないために、みんなの力を貸してください」

「―――ッ。お願いします。神様を一緒に探してください」

「リン、晶穂……」

 再び、場を沈黙が支配する。その時間は一分くらいだったような気もするし、一時間にも感じられた。しかしその実は、十秒前後だったかもしれない。

 最初に沈黙を破ったのは、克臣だった。にやり、と口端を引き上げる。

「で、お前のことだから目星くらいつけているんだろ?」

「あ……」

「そうだろうね。ほらユキ、その地図を広げてくれないかい?」

「はーい」

 ユキは自分の身長ほどもある紙を取り出し、広げた。ジェイスは手持ちのペンを指で回し、地図を指す。

「扉がある場所を重点的に、ということかな。ユーギ」

「なら、こことここもです」

 ジェイスがユーギに従い、青い丸印をつけていく。

「克臣さん、ジェイスさん」

「みんな……」

 顔を上げて呆然とする二人に、春直は微笑む。

「みんな、最初っからそのつもりです。ぼくだって大きな力は持ってませんけど、人探しなら出来ます」

「おれも。まだ向こうの友だちに言いたいことがありますから、まだ扉が消えたら困ります」

 唯文も不器用な笑みを浮かべ、机に広げられた地図に目を落とした。

 その時、克臣がリンと晶穂の二人を手招いた。

「おい、リン。晶穂も来い。作戦会議だ」

「あ、はいっ」

「はい」

 リンと晶穂は顔を見合わせ、微笑してから地図に駆け寄った。

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